ILA第26回大会@シカゴ(その2)
高等教育以外に個別分野で毎回特に注意して聞きに行くようにしているのは医療と国防である.農業も面白いらしいが,ILAにはあまり農業系のリーダーシップ(Ag leaderhsip)の発表はなく,それは少し小さいALE(Association of Leadership Educators)のほうに(由来からしても)多いようだ.数年前にALEも偶然同じシカゴであって,そのとき以来ALEには行ってない.「由来からして」と書いたのは,州立大学のかなりが州の土地を贈与するから大学を作ってねという形で始まっており,そのとき地元で農業が盛んであるとag leadershipの講座が作られたようなのである.そもそも州政府が農業をプロモートするときに(農作物や肥料・農薬などの研究と並んで,だろうが)リーダーシップ教育を促進しようという発想が日本には(たぶん)なかったのだが,これは日米の農業のありかたの違いから来ているのだろう.研究テーマとして面白いかもしれない.
さて医療と国防の話に戻ると,医療については日本でも患者の安全のためには医療従事者の心理的安全性が必須で,その心理的安全性を作るにはリーダーシップが不可欠だという文脈で日本でも注目されつつあることは前にも書いてきたし,私自身も何度か講演に呼ばれた.前回のバンクーバではパラメディックのセッションが面白かったが,今回のシカゴでは私が行こうとしていたセッションのいくつかがたまたま発表者都合でキャンセルが連続して空振りに終わった.残るは国防だ.ILAでは医療以上に,高等教育の発表者と並んで軍関係者がプレゼンテーションを行うことは全く普通で今回もスイス国防軍のリーダーシップ研修や米国士官学校予備校の一つCitadelのリーダーシップ教育のことが扱われていた.内容を見てみると高等教育や企業内のリーダーシップ開発と何ら変わるところがないように思える.米国空軍内部ではコーチングが大流行していて,外部の指導者が将兵に(とくに最近は下級士官や下士官が増えているという)コーチングを教える段階から,コーチを内部で育成する段階に入っていて,コーチングで世話になった空軍制服組がボランティアでコーチ養成課程に入ることが増えているという.資格は外部基準で付与されるので不合格者も出ていて,それだけ志願者が増えていることの反映でもあるという.現役のパイロットからコーチを兼ねるようになった人も制服姿で会場で証言していたのだが,コーチングのセッションのときに命令系統にある人にはコーチにならせない(上官が部下のコーチングを行うことはない)といったノウハウは企業と同様である.そういえば80年代から陸軍で始まったと聞くAAR (after-action review)も経験学習サイクルによる振り返りそのものだったりもする.このように民間と軍隊の間で人材やノウハウの移転や交換が当たり前のように行われているように見受けられる.
他に,日本でも馴染み深い米国海軍第7艦隊の艦船の一つが艦内で新型コロナ感染症が発見されてからどのように対処したかをリーダーシップで語るポスターセッションがあった非常に興味深かった.日本では停泊しようとした外洋クルーズ船で感染拡大が起きて日本中がそのニュースに釘付けになっていたが,太平洋上の米国海軍艦船でも同じようなことが起きていたようだ.そのような緊急事態にあっても権限のない・少ないクルーの側のリーダーシップが重要な役目を果たすはずだと思って質問してみたが,公式記録には将校未満の者の行動が載りにくいので把握できていないという返答だった.権限によらないリーダーシップの実例は(許される場合の)聞き取り調査によるしかないのは企業の場合と同じである.
今回のシカゴの会場はホテルの本館で行われたためか,フロアとフロアの間の行き来する階段やエレベータが多数ありすぎて,会員同士が自然に出くわす機会が少なく,旧知の人たちにあまり会えなかった印象があった.ILA Global Conferenceは今後は25年はプラハ,26年はトロントで行われるという.となると来年は鉄鍋は持っていかずに済みそうだ(笑)