バイブル
美大生の頃お世話になっていた植本誠一郎先生という方がいた。
植本先生はもともとホルベインの研究者であった。
なので美大では研究者の目線から画材研究について指導頂いた。
油絵画家は自分の絵のスタイルに合わせて画溶液や下地などを調合して使っている。中には絵の具自体も自作している画家は多いだろう。
そんな中、自分が「このような効果がほしいけど何を使ったらいいのだろう?」ということを画家の教授たちに聞いても多くの人は自分の知っている、使っている範囲でしか助言をもらえないので先生によって勧めてくる技法や材料は偏りがあって何がどう違うのかは実際に自分でやってみなけらばわからない。しかし全てのことを試すのは難しい。
そんな時に植本先生は、画材研究者としてフラットに全ての質問に答えてくれた。
いくつかの技法や材料が挙げられること、そのメリット・デメリット。微細な違い。
大学院のころには植本先生の講義で様々な技法・材料の研究を行った。
0.1gの単位で材料をはかり、計算し、その日の天候や部屋の温度、時間など記録し、最終的に使ってみてどうなったか、どういう改善が必要かなどをレポートに記した。
学生の頃の私は(今もだけど)そういったいちいちとレポートすることや計算することがとても苦手だったので億劫に感じたことも度々あったし、レポートのまとめ方も適当なことも多くあった。今思えば大学院生としてあるまじき怠慢である。
しかしそんな学生のレポートにも植本先生はしっかり目を通し、不十分なところや合っていること、間違っていることを細かく赤ペンで注を入れてくださった。
その時研究したレポートの内容は、今の制作でも生かされているし未だにそのレポートを見ながら画材を調合している。
今でもまだ改善が必要に感じて変更点を加えたり、学生の頃研究しきれず今知りたいことを植本先生がくれた資料を見返して試してみたりしている。
何度も何度も見返しているので、よく使う調合の描いているレポートは角は破けているし、文字がぼやけてきているところも多くて、もうずっと電子化しないといけないな…と考えているところだ。
画家はあまり自分の使用している画材の調合などを語らない人が多い。会社で言えば企業秘密ってやつなのである。
そんな中、植本先生の知識は本当に貴重なものだったのだと思う。
残念ながら植本先生は私が大学院在籍中にその年受けていた講義を全うすることなく亡くなってしまったのだけれど、今もご存命であるのであれば私は先生にいろいろ聞きに行っていただろう。
今日もまたレポートを見ながら調合していて、材料が途中でたりなくなってしまったので何か代わりになるものはないかと考えていたところ、植本先生の赤ペンの文字と学生時代の私の文字が掠れて消えかけていたのを見てこの文章を書こうと思った。
完全に解読出来なくなる前に、もう一度レポート内容をまとめようと思う。
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