読むこと、書くこと、聴くこと、そして話すこと。

自分が生きていく中で手放せないもの。
衣食住よりよっぽど、自分にとっては大切な営みかもしれない。


私にとって本を読むこと、活字を読むことは呼吸と同義だったし、書くことも物心ついた頃からやめられない。聴くことはラジオを聴くようになってからだろうか。読むことに小学生の頃ほど時間が割けなくなってからは聴くことは生活の一部。唯一苦手なのが大勢の前できちんと喋ることだろうか。今は仕事にしてしまったから話さざるを得ないが、気心しれた相手となら苦痛ではない。

例えば。小学生の時に児童書を絶えず与えていてくれた母親がいなければ本を読んで考えることはできない人間だっただろう。自分の体の3割くらいはおそらく児童書で構成されている。

基本的に児童書脳。頑張ることが正義だし、誰かを助けることも当たり前。自分が主人公だし、悩みが出てきたらそれを克服して成長していくのが人生。
案外それが当たり前の考え方ではないことに気づくのは大学生になってから。
遅い。

でもそれが悪いとは微塵も思わないし、それがきっと自分の根幹の考え方。自分が好きな児童書を繰り返し繰り返し、暗唱できるくらい、好きな場面のページにすぐたどり着けるくらい手が覚えているのが今の仕事にも繋がっている。

そんなふうに児童書脳で育つんだから書くことももちろんやめられない。小6の時には日記を書き始めていたし、流行りに乗ってブログを書き始めたのに気づいたら周りの人間のアカウントが全部消えてもまだ書いていた。怖い。
日記を書く習慣はやがてTwitterに引き継がれることになる。
嫌だと感じたことを紙の上に吐き出す習慣ができたのは日記のおかげだろう。だんだん人に相談する、愚痴をいうことができるようになるが言えなかった結果、小5の頃に溜め込んだストレスで帯状疱疹を発症し、胃炎になり、不登校に陥る最悪の循環を生んだ。
なんで日記を始めようと思ったか思い出せないけれど日記という手法は自分には合っていた。
そのうち嬉しかったことを留めておくために日記に記憶を認めるようになる。
人間、幸せなことはすぐ忘れてしまうから嬉しかったことは形として残しておきたい。私の考え方。

書くことは考えること。
小学生時代、概念を知らないのに二次創作を書き出した。
中学生時代、嫌なことを書き出して、それに対してどう対処していくか、折り合いをつけるのか考えてストレスを発散していた。
大学時代、小説から離れて新書に走る。本を読んで考える癖はこの時養われたのかもしれない。
卒論の2万字も苦痛でもなんでもなかった。自分はおそらく書くことが1番好きなんだろうな。

聞くことと聴くこと。
私は両方好きだ。人の声が好きだから内容が入ってこなくても入ってきてもどちらでも構わない。
例えば高校時代は勉強に追われて圧倒的に“読む”時間が減った。
ラジオを聞くようになったのは小学生から。
今の子はラジオの選曲とかしたことないんだろうな。まだ実家の自室には赤色のラジオがおいてある。
最初のきっかけは基礎英語を持ってきた母親だが、ラジオの概念のきっかけは父親だろうか。
土曜の夜にラジオを聴きながら自室に紅茶ポットを持ち込み、勉強をした。手紙を書いた。
またなにか書いてる。ほんとに書くのが好きなんだな自分。
手紙の話はいずれどこかで。

アイドルや声優を好きになってからは特にラジオをきく機会が増えた。
ポッドキャストやYouTube、ラジオアプリ。
大学時代、往復4時間の通学のおともだった。
ラジオ番組宛のメールアドレスを聴きすぎて暗唱できる現象や、ラジオのジングル、「ふつおた」という言葉。
廃れないでほしいなと願うばかり。

ラジオは聴く、でも音楽は聞く。
歌詞が基本的に入ってこない頭の構造のようで、歌詞の意味を考えることは諦めている。
言葉の意味を認識できないらしい。
音楽における歌い手の声は、私にとってメッセージを伝えるものではなく楽器の一部らしい。
少し悲しいなとも思うが仕方がない。

聞き手がいて初めて成立するこの作業。

考えることが好きなんだからそれを外部に伝えるか伝えないかだ。
話しても理解してもらえないことが多かった幼少期の経験と、人前で話すことが緊張しいな自分には合わなかった。
授業の発表で話すのも苦手、そもそも頭で考えるスピードが速すぎて口が追いつかない。
読むこと書くこと聴くこと話すこと以上に「考えること」が好きな自分にとって話すことが1番難関だった。必要性がなかった。

他人に理解してもらえないから諦めるという中二病から抜け出せたのは果たしていつだったか。
Twitterに出会って自分より狂ってる人たちの考察を見るのは楽しかったし、この時代、自分と全く同じタイムラインを見ている人間などいないと割り切ってしまえば「スキ」だけで構成されるTwitterの世界は自分にとっては水を得た魚のようだった。
高校時代に自分の話を理解してくれる友人に会えたのも大きかったんだろう。

まぁ自分の話というのが趣味の話だから、小説やアニメの話で小学生の時に伝わらないのはしょうがなかった。
変な時代をずっと生きてる女。
自分のドンピシャの時代のものの経験値がゼロな小学生時代を送った。
自分にとって「小学生」という時代が1番不遇でよく分からなくて、思い出したくない気持ち悪いもの。
戻るのも今を生きるのもいいのか悪いのかよく分からないが、小学生の時に戻るのだけは絶対に嫌だなと思うくらいには、黒歴史とかでは片付かない時代だった。あの頃の私は死にたかった。

で。人前で話すことが嫌いなのに今の職業を選んでしまったので毎日人前できっちり4時間は話している生活を送っている。
慣れてしまえば苦ではないし、好きなことだけ勉強して授業さえできればお金がもらえるんだから仕事の選択は間違っていなかったんだろう。
仕事の話もまた後日。

だから私とっては、
読むこと、書くこと、聴くこと、そして話すこと
は、考えるための手段でしかなく、本当に好きなことはこれではなくて「考えること」なんだろう。
考えるために私はnoteを活用しようと思う。
今までの生き様と、考えたことの備忘録。

とはいえ、この4つの能力が私の職業スキルであり、生き方である。考えながら日々磨いていこう。

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