【MeWSS論文コラム】 メディカルライターになるには その1

 日本で論文メディカルライティングを依頼できる会社は複数あって、大手・中堅だと有名なのは3−4社でしょうか。海外に本部があって日本にそのブランチオフィスがあるという組織形態が多いです。
 小規模の事業者もあるのですが、ここで日本ならではの違いが出てきます。日本のメディカルライティング事業者には、データとプロトコールだけで一から論文を書くいわゆる「ライター」と、著者やクライアントが作ってきた日本語の原稿を英語に翻訳する「翻訳者」とあるのです。
 海外に本部がある事業者は自社にメディカルライターを数多く抱え、前者のやり方が基本です。多くは製薬企業からの依頼を専門にしており、個人からの仕事はほとんど請け負いません。
 一方日本にいくつかある小規模・個人系の事業者には後者が多く、著者個人やグループがライティングを依頼する場合、この「翻訳タイプ」を想像される方が多いと思います。著者が書いた日本語原稿を適切な英文にしてもらえて、投稿やその後の対応などのサポートも受けられるというイメージです。ほとんどは英語の専門家(日本在住の英語の先生とか)がライターとなっています。
 
 私が前職でチームを立ち上げそれを発展させる上で必須だったのは、ライターの確保でした。しばらくの間は会社の人事部が優秀なヘッドハンターと契約して、経験者をヘッドハンティングしてくれるのを待っていましたが、結局それは不可能という結論になりました。そもそも論文を書ける「メディカルライター」という人材が日本にはいなかったのです。その肩書きで就業していても多くは薬事申請の専門家で、何人か面接もしましたが、論文とは方向性が違っていました。そういった方々に日本語論文を外注してみたこともあるのですが、やはり噛み合いませんでした。翻訳を求める案件はほとんど依頼がないので、翻訳者のメディカルライターも必要ありませんでした。

 結局研究者を雇い入れて育てるしかないということになりました。雇用した元ポスドクの人たちは6年間で5人、うち2名は途中で辞めたので、メディカルライターとして(おそらく)仕事を続けてくれる方々を3名育てたことになりました。3人目は私が前職を辞める1年前くらいに新しく雇った人で、私自身育成にほとんど関わっていないので、正確にいうと2人のメディカルライターを作ったと言えます。この二人の顔を思い出すと、ああ私は素晴らしいライターをつくったなあ、と胸を張ることができます。

 メディカルライターを育てるとは、技術を伝えるだけではありません。出版社や査読者とのやりとりやクライアントとの付き合い方など、新しくこの仕事を始めた人は毎日のように戸惑うことばかりなので、小さなことも常に一緒に解決できるようなサポートを重視しました。何よりも、ポスドクとして研究を続けるか迷っていた彼らを説得して、生まれて初めての会社勤めを決心させたこと、そして決断後も、いい報酬とホワイトな環境、研究とは違うけれどもそれなりにやりがいのある仕事の機会を示すことができ、大きな後悔をすることなく(多少はあると思います)続けてもらったというところが、自分の一番の成果だったかなあと思っています。
 そういう意味では、辞めてしまった2人にはうまくサポートできずに申し訳なかったと思います。二人とも社内やクライアントとの人間関係で去っていきました。どこかでまた同じような業界で出会えるといいと思っています。

 人材募集の案内はLinkedinなどいろいろな媒体を使いましたが、面接まで至った候補者は全員、JRECINという日本のポスドク向けの求人公募サイトから応募してきた方々でした。SNSなどを通じた海外からの応募はすごい数あったらしいですが、必須要件を日本語Nativeとしたので人事担当者が全てお断りしてくれていました。
 そのほかの要件は、生命科学系・医学薬学の研究者である(あった)ことと、自分で論文執筆経験があることで、英語力にはとくに条件はつけませんでした。チームリーダーになってからずっと人材募集をかけ、面接までに至った応募者は年間10人程度でした。一人でも多く良い人材を確保したいと、面接にはいつも楽しみに臨んでいましたが、一次面接の通過率は2−3%くらいだったと思います。面接すれども雇用に至らず相当なストレスでもありました。ちなみに採用率がかなり低いのはNativeの国でも同様だそうです。この話はまた別の機会にしましょう。

  前回のコラムで、日本人のメディカルライターがプロジェクトの責任を持つと書きました。でも原稿はNariveのライターが書くのです。ではそもそも日本人のメディカルライターとは何をする人でしょうか?
次回はその役割について詳しく書いてみたいと思います。