【MeWSS論文コラム】 メディカルライターについて
製薬の世界でライターと名が付く仕事は複数あります。日本で一番需要が多いのは、薬事の申請書類に関わる業務でしょうか。薬事関係書類は完成までにいくつもの会社や組織が関わりますので、それぞれで「書く」人たちが必要です。
広告や説明資料の文章を書く人たちもいます。メディカルコピーライターやメドコム(Medical Communication)などという名称で人材募集をかけられることが多いようです。
私は、前の前の職場では薬事部と一緒に仕事をすることが多く、その次の職場では隣がメドコムの部署でしたので、両方ともどういう仕事かある程度知っているつもりです。
メドコムはクライアントの要望が強く、ライターはガイドラインなどを参考にしつつも、基本的にはその要望に従って書かなければならないようでした。一般的に納期まで短いというイメージです。でも患者さんへのパンフレットが、ライターとデザイナーほぼ二人の力で出来上がるのを見て、いつも感心させられていました。
論文専門のメディカルライターという職業がこの世に存在することを初めて知ったのは、前職の採用面接を受けたときでした。論文を書くことがもともと大好きだった私は、それが仕事になるということが信じられませんでした。その一方で、製薬企業の依頼を受けて論文を書くということに不安もありました。
入社当時すでに複数のプロジェクトが動いていました。クライアント(製薬企業)側の担当者は「パブリケーションマネージャー」という人たちです。多くは論文作成経験がほとんどない人たちで、会社としての方針(主にスケジュール面)と、著者になっているKOL(キーオピニオンリーダー)の両方から強い要望があり、それらを叶えるようにマネージメントするのが大変そうでした。我々側は、論文経験のないメドコムのライターが兼務で担当しており、自身が原稿に関わることはなく、クライアントの意向を聞き取ってそれを外注先に伝え、その通りに英語で論文を書いてもらっていました。
論文を書くメディカルライターとはそういうものだというイメージをお持ちの方は多いかもしれません。出てきた数値を改ざんすることなく、論文倫理の勉強もしておけば、あとはクライアントの言う通りに英文を作り上げればいいと。いくつかのプロジェクトは確かにこのやり方でそれなりにうまく進んでいたようでした。
私は入社後これらのプロジェクトをほとんど全て一気に引き継ぐことになりました。内容に疑問があるものもありましたが、途中からどの程度口を出していいか分からず、何よりも進行中の案件を滞りなく動かすのに一生懸命で、とりあえず仕事をこなすことから始めることになったのです。
担当を引き継いだプロジェクトの中に、進行が止まってしまっているものがありました。クライアントのパブリケーションマネージャーには論文の経験はなく、社内にアドバイザーもいませんでした。KOLの希望で論文化することになったのですが、初稿に納得がいかず、といって具体的な指示が出ることもなく、どうしたらいいかわからない状態に陥っているようでした。
改めて原稿を見てみると、余分な内容が多くて何を言いたいかわからない論文になっていると感じられました。クライアントを直に訪ねてディスカッションを重ね、内容を絞って短めに書き直すことを了承してもらいました。構成を全面的に変えた原稿を自分で書いて外注先で英文校正してもらい、当該KOLの先生に見てもらったところお褒めの言葉をいただいたそうです。それなりのIFの雑誌に投稿し、すんなりアクセプトもされました。
私はそれまで、自分が経験して積み重ねてきた基礎研究論文の知識が、医学研究の分野に通用するのか不安がありました。失礼ながら、医学系の論文には客観的でないディスカッションも許されるようなイメージが多少ありました。しかしこの経験のおかげで、自分の価値観がそのまま通用するという自信になりました。そして入社6ヶ月後にチームリーダーに任命されたのをきっかけに、業務のやり方を完全に変えたのです。
外注するのを撤廃し全て社内で書き上げる仕組みにしました。会社はグローバルカンパニーで、別の国にライティングチームがありましたので、日本人とNativeのライター二人でペアを組んで担当することにしました。
私個人の経験からいうと、当初はクライアントの希望に沿ったディスカッションを組み入れることもありましたが、内容によっては査読者から強烈なダメ出しを受けることもあります。基礎研究と同様かそれ以上に、臨床研究論文の査読者は、偏った主観が入ったディスカッションを嫌うことを改めて学びました。そういった経験をいくつか積み重ねることで、原稿作成の段階からクライアントに対し「そこまで言いすぎると査読者からNOが出ます」と自信を持って言えるようになりました。逆に、事情がよくわかっていない査読者から無茶な要求があったときは、「日本ではこうなのでこれが正しいと主張しましょう」と堂々と反論できるようにもなりました。
業務依頼の打ち合わせ時に研究デザインを聞いて、そのままでは論文になりにくい、としてお断りした案件もいくつかあります。もちろん断るだけでは営業にならないので、追加でこの内容があればとか、総説にしたらとか代替案を提案し、実際にそれが実現した例もあります。
私が担当したプロジェクトは全て自分で英語アウトラインを書き、ディスカッションの骨子も作りました。日本における論文専門のメディカルライターとは、そういうライターのことだと、私は定義しています。