私はアナログな日記を綴り続ける。
タイトルに興味を持っていただいた皆さんは日記を書いていますか?
私は書いています。
毎日ではありませんが、気が向いたときや残しておきたい記憶があるときに。
この記事では日記を書くことのメリットと、私がなぜアナログな媒体で日記を綴るのかをご紹介したいと思います。
気持ちの整理をする
日記をつける上で一番のメリットは”気持ちの整理”ができることだと私は考えています。これについては自分磨きメゾットのような記事で見慣れた文言だと見受けられますが。
良い気持ちになった出来事や逆に思い出すのも嫌なくらい悪い出来事も、全部まとめて書いてしまいます。むしろ悪い出来事を書き殴ってしまった方が気が楽になったりします。
ごちゃごちゃとぐちゃぐちゃとした感情が、書き終わった頃には「まあこんなものかな、手こずったな。」くらいに軽減されることもあったり。
プラスの感情は書き終わってざっと読み返すときに「また良いことがあるといいなあ。」とわくわくしてみたり。
特に感情的になっている時こそ書いているかも。
記憶の引き出しになる
これは中学生の頃から日記をつけているので便利だなあと感じたのですが、その時書いたことは意外と忘れているので、読み返すと当時感じていたこと、その時やっていたこと、やりたかったこと、色んなことが詰まっていて、過去の自分に諭されることも多かったり。(考えが青すぎて恥ずかしかったりもしますが)
振り返ることができるのはとっても便利です。
ですので読み返すときに何か発見があるようにと”未来の自分に聞きたいこと”を質問形式で書いたりしています。
滅多に読み返しませんが、紙媒体の日記帳を何冊かまとめて保管しているため、掃除する際に手に取ることがあるので。
紙媒体で日記を書く
自分が紙媒体(ノート)を日記帳として使い続ける理由は、第一に文具が好きだから。第二にPCやスマートフォンを用いて書く日記が長続きしなかったから。
デジタル媒体はすごく便利で効率的でまとめ易いのですが、何故か書き忘れが多くて、何度か紙とブログやメモ帳機能を右往左往した結果、紙媒体に落ち着きました。
前項目で中学生の頃から日記を書いているとお話ししましたが、そのとき使っていたノートには特にこだわりはなく、貰い物や学校で余ったノートなどを日記帳としていました。
そこから数冊目が埋まろうとしていたとき、ちょうどブログが三日坊主で「この際紙に戻ろう」と考え、日記帳としてのノートを好みで選ぶようになりました。
そうまでして続かない日記を書きたがったのは、思春期や進路を決めないといけない時期で気持ちを整理したかったからだと、今だから思います。
万年筆で書く
紙に書くうえで日記帳よりこだわっているのは、”万年筆で書くこと”です。
最初は色んなペンを気分で使っていたのですが、一定の太さで書くより力の入れ具合など様々な要因で他の文具よりも感情の起伏が読みやすい万年筆の方が日記に適しているのではないかと考えました。
予想通り、内容によって文字の大きさがまちまちで、インクを多く消費しているのかがわかりやすく、インクが切れてもコンバーターで補充してはまた…と長く書いている日は感情的になっている確率が高い。
あからさまなので自己分析にも繋がり、使い始める前より日記をつける間隔が短くなりました。それまでは半年空くことがざらにあったので…。
オフラインで書けることと、オンラインで公開すること
noteさんなどで日記を綴っているかたも多いかと思います。
オンラインで書くことはネットリテラシーを考慮すると限定する必要もある。そう考えるとアナログ、デジタルツール問わず、オフラインだからこそ書けることの方が多いのかな。
器用なかたはオンラインとオフラインを使い分けたりするのかしら。
私はもっぱら、これからもオフラインでアナログな日記を書き続け、オンラインでは記事を書いたり、情報発信の場としてSNSやnoteさんを利用させていただこうかと思います。
おわりに
これを記事にしようと思ったのは、自分の周りに”感情の行き場を探している人”が多かったのがきっかけです。
プラットホームは問わず、安心できる環境で自分のことを思い遣ってほしいなあと思います。
私にとってはそれが日記帳に綴ることだということを記事に書き留めておこうかなあ、この話題でnoteさんを更新したいなあ。
そんな感じのまとまりのない、若干眠たい早朝にできた文章でした。
カバー画像は端きれで作ったパッチワーク。
今後のカバー画像に使えるような写真やイラストを作ってストックしてみようかなあ。ではでは。