novelWriter その3
スノーフレイク・メソッド(The Snowflake Method)
「novelWriter その1」で少し触れましたが、novelWriterはスノーフレイク・メソッド的な書き方をすることができます。
スノーフレイク・メソッドについて詳しく知りたいなら、スノーフレーク・メソッドの提唱者であり小説家のランディー・インガーマンソン氏(Randy Ingermanson)の著書を読むのが一番だと思います(下記リンクはアフィリエイトではありませんのでご安心を)。
しかし、スノーフレイク・メソッドについてはランディー氏がwebページで解説していますので無料で知ることができますし、それを日本語に翻訳したページ(ランディー氏公認のようです)もあります。
スノーフレイク・メソッドをnovelWriterでどうやるのか?
novelWriter には2種類のドキュメントがあります(ドキュメント名の日本語表記は novelWriter のUI表記に合わせてあります)。
小説のドキュメント(Novel Documents)
実際に小説を書くドキュメントです。章や節毎に分けて複数作成するのが普通です。複数ある小説のドキュメントは後でひとまとめにして出力できます。プロジェクトノート(Project Notes)
メモなどを書いておくドキュメントです。小説本文には含まれることがありません。
スノーフレイク・メソッドに限らずnovelWriter を用いて小説を書く際には、それら2つドキュメントのうち、まずはプロジェクトノートを使って小説全体を設計することに労力をかけることになります。
実際にやってみる
以下、novelWriter の機能説明のためにスノーフレイク・メソッドの流れに従った手順を示します。実際に小説を執筆する訳ではないので、細かいところが気になるかもしれませんが、例示した文章はネタだと思って御容赦ください。
ステップ 1:一文の要約を書く
要するにこれから書く小説がどんな内容なのか一文で示せ、ということですよね。しかも短ければ短いほどよい、主人公の名前を決めなくてもよいということなので、「主人公が○○する物語」のような感じで書けばよいのではないかと思います。例えば、桃太郎を一文で要約するなら「主人公が鬼退治をして平和を取り戻す」といったような感じでしょうか。
ところで、カクヨムで小説を閲覧したり執筆したことのある人は分かるかと思いますが、小説にキャッチコピーをつけることができます。こうしたキャッチコピーは要するにマーケティングツールなのですが、キャッチーな文言で単に注目を集めるだけでなく、キャッチコピーを目にした人がその小説の対象読者かどうかをふるい分ける役割も果たしてしまいます。異世界転生ファンタジーが嫌いな人が「冴えないおっさんが異世界転生して無双する」といったようなキャッチコピーに食いつくはずがありませんし、異世界転生ファンタジー好きだったとしても「冴えないおっさん」と書いてあったら、若年層や女性の読者を獲得するのは難しそうですよね。
一文の要約は、自らの小説を他人に説明する時に一言で言い表すとどうなるかを示すと同時に、上述したキャッチコピーと同様に対象者を限定する役割があると考えられますので、誰を(どの層を)対象にした話なのかも明らかにしています。従って、この段階で小説の方向性が決まってしまうのでよく考える必要があります。
さて、novelWriterで「一文の要約」を書くには【プロット】の位置で右クリックをしてプロジェクトノートを追加します。
@tag: は被参照ドキュメントに必要なタグですので、後で参照するものについては必ずつけておきます。一文の要約は、物語全体の要約になるので、参照の使いどころとしてはタイトルページですかねぇ……。
タイトルページの名称を「桃太郎」にして、「@plot: 全体の要約」と入力します。@plot: は、プロットフォルダから「@tag:全体の要約」のついたドキュメントを参照するためのタグです。
ステップ 2 一文の要約を一段落に拡張して、物語の設定や結末を漏れなく説明する
ランディー氏は「3つの破壊とエンディング」で話を構成するのが好きだと三幕構成を謳っているため、氏はそれに準じた書き方を提示しています。三幕構成にするかどうかは好みの問題として置いておきます。ここでは試みに桃太郎の話を元に構成ついて考えてみることにします。
桃太郎の話は大抵の人が知っていると思いますので、あらすじ自体には特に問題はないように思えるかもしれません。でも、このまま進めていくのは無理があります。
というのも、桃太郎の話には「桃太郎には鬼退治に行く動機や必然性がない」という点が最大のネックです。鬼を退治することによってめでたしめでたし、と終わる話ですので、何はともあれ鬼退治に行かなければ話になりませんが、主人公が普通の人間だったら何の理由もなく鬼退治に行くことはまずないでしょう。都が鬼に襲われているからといって、都に何の関わりもない田舎少年が鬼退治に行くでしょうか。ヒーローに憧れる少年マンガの主人公のように義侠心だけで立ち向かうにしても、このままでは説明がなさ過ぎます。
桃太郎という話は凡そ合理的・論理的ではありませんが、それが許されるのは昔話だからです。昔話では許されても小説では許されないので、鬼退治をする理由を明らかにする必要があります。
そこで「どうして桃太郎は鬼退治に行くのか」について、桃太郎との類似性が指摘されているインドの叙事詩『ラーマーヤナ』から設定をパk……拝借してオマージュ作品ということにして考えを進めてみます(なおこの類似性については、例えば、原 実1978「ラーマ物語と桃太郎童話」日本オリエント学会編『足利惇氏博士喜寿記念オリエント学インド学論集』国書刊行会 pp.523-539 という論文があります)。
『ラーマーヤナ』を知らない人のために、桃太郎と類似しているくだりから、鬼退治する理由について物凄く簡短にまとめると以下の様になります。
世は世界征服を企む羅刹王ラーヴァナの脅威に晒されていた。ヴィシュヌ神はこれを阻止しようとしたが、ラーヴァナは創造神ブラフマーから「神に負けない」という加護を得ているため、神の身では対抗できない。そこでヴィシュヌ神はコーサラ国の王ダシャラタの第一王子ラーマに転生し、人間としてラーヴァナを討伐しようと画策した。
ちなみに、ラーマーヤナではラーマの妻シーターがラーヴァナに拐かされてしまいます。そこでラーマはシーターを奪還するためにラーヴァナに挑む、というのがラーマの直接的な動機になるのですが、桃太郎は独身というかまだ少年のようですし、ヒロインも登場しないので割愛します。
さて、これで桃太郎が鬼退治する理由や背景を明らかにすることができます。例えばこんな風にです。
一柱の神は世界の脅威である鬼を討伐するために戦を仕掛けた。ところが、鬼の大将は首を落としても炎で灼いても直ぐに復活してしまう。鬼の大将は、神に対して不死身の加護を最上位の神である創造神から得ていたのだ。一柱の神は創造神に掛け合い、鬼に与えた加護の剥奪を乞うが、鬼と盟約を結び一度与えた加護を奪うことはできないと無碍に断られてしまった。そこで一柱の神は、神の身としてではなく人間として転生し鬼を倒すことにした。
ということにすればヒロイックファンタジーとして桃太郎を再構成できそうな気がしてきます。創造神と鬼との間に結んだ盟約とは何か、などと考え始めると壮大な話になりそうではありますが……。
次に、桃太郎には話の構成があるにはある(プロローグ 桃から桃太郎が生まれる→1.桃太郎は鬼退治に行く決心をする→2.道中で犬猿雉をお供にする→3.鬼と戦う→エンディング 鬼を退治して凱旋する)のですが、それぞれが前段を受けて展開する訳ではないので、異なる場面を時間軸で配置しているだけです。昔話はそういうものですが、これでは面白味がありません。この辺りはやはり典型的な小説の展開や構成に従った方がよさそうです。
ここで考えを練り直して、「一段落のまとめ」を書き直しておきます。この時、究極的な目的は鬼退治だけれども、途中で仲間に対する疑念を抱いて対立するとか、裏切られて窮地に追い込まれるなどといった定番要素を考慮しておくのも良いかもしれません。
こうした修正はむしろ良いことであり、修正については避けようがない、とランディー氏も言っています。どこかで辻褄が合わなくなったり不都合が生じたときには、前のステップにまで戻って何度も修正するかもしれないが、小説本文を書いてしまってから直すよりは遙かに楽だと。
ステップ 3 キャラクターの概要を書く
さて、ご想像の通りというか、案の定というか、ここでも困ったことになります。桃太郎という昔話の筋書きを知っている人でも、桃太郎の性格を把握している人はいないはずです。何処にも書いていないからです。
昔話の主人公には性格が描かれないのが普通です。昔話の主人公は物語の筋書き通りに行動をさせられるだけで、自ら考えて行動することはありません。加えて昔話の主人公は苦悩や苦労などしませんので、艱難辛苦を乗り越えた先の成功や喜びは描写されません。そうなると、カタルシスなどは期待できませんので、エンタテインメントとしては致命的ですよね。
従って、桃太郎の性格を決めなくてはらなりません。キャラクターの概要を書くには以下の項目に倣うようですが、全てのキャラクターがこれらの項目に全てあてはまる訳ではないようです。特にepiphany は登場キャラクターにあてはまらないことの方が多いかもしれません。脇役にはそもそも必要ない項目ですし、重要キャラクターであっても何も変わらないことだってあります。
先述した修正に伴い、桃太郎の性格を考える上での方向性は善性の神といった程度には決まってしまっています。ただ、何しろ元が神なので、そのままでは完全無欠な最強主人公になってしまいます。「俺TUEEE!」で進めてもよいのですが、弱点など主人公を抑制する要素が必要になるかもしれません。
ランディー氏も書いているように、ここで完璧にする必要はなく、勢いが大切です。勢いで書き連ねたら読み返し、まずいところがあれば修正すればよいのです。
このようにして詳細を詰めていくのですが、ステップ 4 以降は、実際に小説を書くために概要を広げていく作業なので、これ以上手順を追って「桃太郎」を追求したりはしません。
novelWriter の使い方でもう少し書きたいことがあるのですが、思っていたよりもずっと長くなってしまったのでまた次回。