セクシュアルマイノリティは「特別な人々」なのか、「偏見」は怖いのか、の話
めったです。
今日はボランティアに行ってきました。
子ども達に防災について楽しみながら学んでもらうことを目的にしたイベントです。
新聞紙を折って食器を作る、というブースにいたのですが、子どもが集中しながら新聞紙を折っている姿を見たり「できた!」と笑顔を見せてくれたりするとほくほくした気持ちになりました。
さて、前置きはここまでにして、タイトルの話を。
ブースでお会いした女性とまぁまぁ長い時間お話していました。
自分が福祉の勉強をしている、と言うと、その方は新聞載っている福祉関係のことをよく読むよと教えてくださりました。
「最近ね、息子が『結婚はしない』って言うの。そういえば、LGBT?とか最近よく言うね」
「LGBTQ?今はなんか1つ増えたんやね!Qって何なの?」
と話されていた女性は新聞記事がきっかけでセクシュアルマイノリティに関心を持たれたそうです。
このように、テレビや新聞、ネットをきっかけとしてセクシュアルマイノリティのことを知る人は増えたと思います。
しかし、自分はよくモヤモヤする言葉に出会います。
「今はそういうの色々言われるからね」
「あ、今はそういうの言っちゃダメなんだよね」
確かに、時代の変化により社会全体の考えが変わるというのは当たり前のことですが、上に書いたような言い方、モヤモヤします。
発言を気にしているだけでもマシだろうと言われればそうなのかもしれません。
でも自分は結局頭の中の考えが変わっていないんじゃないかなって思うんです。
セクシュアルマイノリティは「特別」という考えがまだあるんじゃないかなと思うんです。
今頭の中にあることを上手く言語化できたらいいのに....
上手く言えそうにないのでとりあえず自分が言いたいこと言いますね。
セクシュアルマイノリティって「特別」じゃないです。
「自分の周りにはいないから〜」と言う方もいますが、本当にそうでしょうか?
人間って、みんな違うもんだと思います。
その上で合う、合わないはあるけど。
「トランスジェンダーは〜」とか「ゲイは〜」とか、なんかまとめすぎじゃないですか?
よし、思ってたこと言えた。
偉そうに語ってますが、自分も偏見にまみれている人間です。
偏見を持つことが怖いというよりは
「偏見と思わずに偏見を振りかざすこと」が怖いんです。
偏見を偏見と思わずに言葉で人を深く傷つけてしまうことが怖いんです。
だから勉強したい。色んなお話聞きたい。
最大限の言葉のこだわりを持って話すために、色んな考えを聞きたいです。
自分、これずーっと言ってるんですよ。
「知らないことは怖いよね」って。
ずーっと言ってます。
様々なことに触れるために、座学だけじゃなく色んなことに参加していこうと思います。
あー....文章の筋が通ってない気がする....
自分の文章力のなさを嘆いています....
めったでした....
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