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デフスペースデザインリサーチ: 目で聴く家

「めとてラボ」は、視覚言語(日本手話)で話すろう者・難聴者・CODA(ろう者の親を持つ聴者)が主体となり、一人ひとりの感覚や言語を起点とした創発の場(ホーム)をつくることを目指したラボラトリーです。
コンセプトは、「わたしを起点に、新たな関わりの回路と表現を生み出す」こと。素朴な疑問を持ち寄り、目と手で語らいながら、わたしの表現を探り、異なる身体感覚、思考を持つ人と人、人と表現が出会う機会やそうした場の在り方を模索しています。

はじめに
 デフスペースデザインリサーチ in 長野をきっかけに、めとてラボでは2024年度から本格的にデフスペースデザインをリサーチするため「デフスペースリサーチチーム」を立ち上げました。

 「デフスペースリサーチチーム」の福島愛未管野奈津美が、リサーチで得たろう者の家にあるデフスペースデザインをお届けします。

デフスペースデザインとは?
 ろう者の感覚、視覚・触覚・嗅覚や独自の行動様式、そしてろう文化などを生かすデザインを「デフスペースデザイン(以下、デフスペースとする)」と言います。聞こえないことに着目するのではなく、ろう者が持つ力を生かすことに着目するのです。
 例えば、ろう者は遠くにいる人を呼ぶ時や多くの人に注目して欲しい時、部屋の照明をチカチカと明滅させます。この習慣を取り入れて、2階の部屋の照明スイッチを1階のリビングに設置すれば、「ご飯だよ〜降りてきて!」と1階から合図を送ることができます。

 デフスペースという言葉は2005年に米国のギャロデット大学で考案されました。しかし、実際にはデフスペースという言葉が生まれる前から、ろう者が自らろう文化や独自の行動様式に合うよう工夫したデザインがあることが明らかになっています。これらは日本を含む世界各国にあるのです。


<米国:ギャロデット大学>
<ギャロデット大学:デフスペース関連オフィスの前で>

家をテーマにしたきっかけ
 福島はこれまで約10年間国内外のデフスペースを研究してきました。これまでの研究対象は、ろう者が運営しているレストラン・カフェ・バー・会社・教会など人々が出入りしやすい場所です。最も身近な空間である家を研究する機会は、プライベート空間ということもありなかなかありませんでした。2023年に長野にあるろう者の両親とコーダの3人家族が住む家にお伺いした時、手話という言語から生まれる習慣や家族のつながりから生まれたデフスペースのアイデアを目の当たりにしました。これをきっかけに、めとてラボではろう者にとってより身近な「家」のデフスペースに着目し、リサーチを行うことになりました。

目で聴く家との出会い
 初めてろう者のYさんとお会いした時、デフスペースについて話していたところ、「私の家も2階の部屋全部の壁が半分で全ての部屋を見渡せるんだよね、トイレの壁も半分だよ」と言われました。と、トイレの壁も半分…!?最初は目の疲れのせいか(手話の)見間違いかと思ったのですが、後日訪れてみるとやはりトイレの壁が半分の家が存在していたのです。この衝撃的な一言が「目で聴く家」との出会いでした。

目で聴く家

<目で聴く家> Photo by 加藤甫

建築面積:9坪
建築年数:築16年
家族構成:ろう者の両親、コーダ3人※

※コーダとは聞こえない親を持つ聞こえる子どものこと。
CODA: Children of Deaf Adults

「コーダについて~聞こえない親を持つ聞こえる子ども」~ by WP コーダ子育て支援

 この家の持ち主であるYさんご夫婦は聞こえる建築家とのやり取りを通して「目で聴く家」というテーマを見つけました。当時はデフスペースという言葉はありません。ですが、夫婦同士や建築家とのやりとりを重ね、ろう者の生活様式やコーダのこども達に合う空間を追求していくことで、自然と多くのデフスペースが取り込まれていました。今回はこの家で発見した2つのデフスペースをご紹介します。
 まず、2階には奥から、仕事部屋、トイレ、こども部屋があり、2階部分の各部屋を仕切る壁の高さは全て90cmになっています。窓のような空間を介してコミュニケーションを取ることができます。壁が半分というのは一見斬新なアイデアですが、家を建てた当初、こどもが小さかったため、ろう者の両親が視覚的にこどもの安全を確認するために考えられたものです。

<仕事部屋からこどもの様子が見える> Photo by 加藤甫


 こどもが大きくなった後にプライベートな空間に変えることができるよう、後から部屋の壁やドアをつけることができる仕組みにもなっています。しかし、今でも壁やドアはいらないということで1部だけ和紙を使った仕切りがありました。どこにいても、家族の存在がわかる空間になっています。

<欄間> Photo by Yさん

 次に1階にあるリビングの窓の上には欄間(らんま)と呼ばれるはめ殺しの窓がついています。ブラインドカーテンを閉めていてもこの欄間から外部の様々な情報を得ることができます。
 例えば、救急車のサイレン。以前住んでいたアパートでは、こども達が何か外部の音に反応していてもろう者の両親はそれが何かわからなかったそうです。今はこの欄間から救急車のサイレンが見えるため、近所で何か起きたのかなとこども達と同じようにろう者の両親も情報を得ることができます。他にも庭にある木の葉っぱの影の動きで風の強さや影の濃淡で天気もわかります。またゆったりとした動きがリラックス効果を生み出しているそうです。
 手話者にとって、眉や目の動き、口形は手話の文法であるため、手だけではなく顔全体を見ることができる適切な明るさが必要になります。またそれだけではなく、ろう者は目を酷使するため、自然光の取り入れ方はとても大切です。1階のリビングは、この欄間から入る自然光がリビングの天井を照らすため昼間は照明が不要なほど明るい空間になっています。

<撮影の様子> Photo by Yさん

今後の展開
 今回のリサーチは単にデフスペースの情報を集めるだけではなく、より多くの人にデフスペースを知っていただけるよう撮影も行いました。デフスペースの魅力を伝えるために、今までとは異なる視点での編集にも挑戦しています。この結果は、来年展覧会という形で皆さまにご報告する予定です。
 また日程が決まりましたらnoteでお伝えしますので、ぜひ遊びにきてください。

*このリサーチは「東京アートポイント計画」めとてラボ事業の一環として実施しています。また、公益財団法人 窓研究所の助成を受けています。