歴史に名を残す脚本家から学べる事 vol.2 黒澤明&ハーマン・J・マンキーウィッツ
3. 黒澤明
脚本家と監督の両方の分野でこれほど成功した人物は少ないでしょう。
実際、黒澤自身が有名な言葉を残しています。「偉大な監督になりたければ、偉大な脚本家になりなさい。」何よりも、黒澤は偉大な物語の語り手でした。
黒澤は自身の映画で、『七人の侍』(1954年)から『隠し砦の三悪人』(1958年)、『用心棒』(1961年)に至るまで、非常に多くの映画手法の原型を創造しました。そのため、これらの作品は必然的にハリウッドやヨーロッパで模倣やリメイクが繰り返されています。
唯一『羅生門』(1950年)だけは、真実を語ることとその稀少性について、最も偉大な映画的考査かつ、あまりにも独特であったため模倣することができませんでした。
黒澤の映画製作過程は、協調性と綿密さが特徴的でした。
彼はよく、久板栄二郎や菊島隆三といった著名な脚本家を含む固定チームと密接に協力しました。この共同作業は通常、創造性と集中力を高めるため、外部から隔離された環境で行われ、脚本家たちが同時に脚本に取り組めるようにしました。その後、黒澤はこれらのセッションで生み出された様々な草稿から、最も優れたシーンを選び出しました。
黒澤は、優れた脚本が成功する映画の土台であると信じており、どんなに優秀な監督でも、出来の悪い脚本を救うことはできないと強調していました。品質を確保するため、彼はしばしば登場人物の背景や設定を詳細に記したノートを作成しました。例えば『七人の侍』では、各キャラクターの包括的な経歴を作り上げました。
脚本づくりの共同作業
黒澤は脚本があらゆる成功した映画の土台だと考えていました。彼はよく久板栄二郎や菊島隆三といった脚本家たちと協力して脚本を作り上げました。この共同作業の環境は様々な視点とアイデアを生み出し、物語に創造性と深みをもたらしました。例えば、『七人の侍』の脚本は合宿形式で作られ、作家たちが同じ場所で作業することで、お互いのアイデアを磨き上げることができました。この方法により、最終的な脚本は複数の作家からの最高のアイデアの集大成となり、物語をより豊かで複雑なものにすることができました。
キャラクター作りへのこだわり
黒澤はキャラクター作りに非常に細かい注意を払い、しばしば登場人物の詳しい背景まで作り上げました。『七人の侍』では、各侍の個性、経歴、さらには癖まで含む詳細な設定を作りました。この細かさのレベルは、俳優が役を本物のように演じるのに役立ち、キャラクターに奥行きを与え、共感できて印象に残るものにしました。101人の農民キャラクターについては、家族の名簿まで作成し、俳優たちに役になりきるよう指示しました。これが映画のリアリティと感情の深さに貢献しました。
視覚的な物語の伝え方
黒澤は視覚的な物語の伝え方の達人で、セリフだけに頼らずに物語を強める技法を使いました。彼はよくディープフォーカスという技法を使って、画面の奥行きのある複数の層をはっきりと映し出し、観客が画面全体に注目し、キャラクターと環境の関係を理解できるようにしました。この技法は『羅生門』のような映画で特に目立ち、登場人物とその周りの環境との関わりが物語の展開に欠かせません。
動きの中のカット
黒澤の特徴的な編集技法の1つは「動きの中のカット」で、動作の最中にシーンを切り替えてより動的で感情的に響くシーンを作り出しました。例えば、『七人の侍』では、侍が農民を慰めるために跪くシーンが複数のショットで描かれ、動きが始まった後にカットされます。この技法は侍の謙虚さとその瞬間の感情的な重みを強調し、効果的に観客をキャラクターの体験に引き込みます。
テーマの深さと道徳的な複雑さ
黒澤の映画はしばしば道徳、名誉、人間の本質といった深いテーマを探ります。彼は映画のテーマをはっきりと述べるのではなく、物語を通じて自然に浮かび上がらせるべきだと考えていました。このアプローチにより、観客はより深いレベルで作品に関わり、登場人物が直面する道徳的な難しい選択について考えることができます。例えば、『生きる』では、主人公の末期がんとの闘いが人生の意味についての切実な探求につながり、観客自身の人生と選択について考えるよう促します。
ダイナミックな展開と構成
黒澤の物語の語り方は、ダイナミックな展開と強力な物語の構成が特徴です。彼はしばしば時間軸を行き来する語り方を採用しました。『羅生門』で見られるように、同じ出来事に対する複数の視点が複雑な物語の織物を作り出します。この構成は観客を引き込むだけでなく、真実と認識の本質について疑問を投げかけ、映画を見る体験を知的に刺激的なものにします。
4. ハーマン・J・マンキーウィッツ
このリストに名を連ねる他の偉大な脚本家たちが、全集が作れるほどの作品群を残したのに対し、ハーマン・J・マンキーウィッツは実質的にたった一本の本物の偉大な映画脚本を書いただけでした。その作品こそ、言うまでもなく『市民ケーン』(1941年)です。これはおそらく映画史上最も影響力のある脚本と言えるでしょう。
マンキーウィッツは『アメリカン』と題された最初の草稿を執筆し、その後オーソン・ウェルズと共に推敲(すいこう)を重ねました。ウェルズは最終的に監督、製作、主演も兼ねることになります。二人の貢献の詳細は恐らく永遠の謎として残るでしょうが、結局のところ重要なのは誰が何を書いたかではなく、彼らが何を生み出したかです。つまり、偉大な文学や演劇に匹敵する野心的な物語と道徳的曖昧さを併せ持った、画期的な脚本だということです。
その回想形式の構造は、アメリカ文学の最高傑作の一つ『グレート・ギャツビー』(1925年)に触発されたと言われていますが、マンキーウィッツはこの手法を用いて、権力欲に取り憑かれた大物実業家の物語を紡ぎました。この物語は、現代の億万長者たちが世界を占める時代においてますます共感を呼ぶようになっています。
皮肉なことに、マンキーウィッツ自身もまた、デヴィッド・フィンチャー監督の『マンク』(2020年)で主人公として描かれ、もう一つの偉大な映画の題材となりました。
『市民ケーン』から学べること
脚本だけではないですが、ここに名作『市民ケーン』から学べることを合わせて書いておきます。
ディープフォーカス
最も注目すべき技法の一つが「ディープフォーカス」です。これは前景と背景の要素を同時に鮮明に捉える手法で、ウェルズと撮影監督グレッグ・トーランドの協力により実現しました。広角レンズと小さな絞りを駆使することで、一つの画面内の複数の要素に観客の目を向けさせ、異なる空間で登場人物たちが絡み合うシーンを可能にしました。これにより、物語により深みが生まれたのです。
1本線ではない物語構造
『市民ケーン』は非線形的な語りの手法を採用しています。主人公の死から物語が始まり、一連のフラッシュバックを通じて展開していきます。各フラッシュバックは記者のインタビューがきっかけとなり、チャールズ・フォスター・ケーンの人生を様々な角度から描き出します。この構造は、ケーンを取り巻く謎を深めるだけでなく、分断されたアイデンティティや真実の主観性といった映画のテーマを反映しています。
革新的な照明の使用 ウェルズとそのチームは、照明を単に被写体を見えやすくするためだけでなく、物語を語る道具として活用しました。彼らは劇的なコントラストと影を生み出すことで、感情的な重みを加え、登場人物間の力関係を強調しました。この手法は、それまでの映画製作で照明が果たしていた単なる機能的な役割から大きく踏み出したものでした。
長回しとモンタージュ
この映画は長回しのシーンと素早いモンタージュを特徴としており、時間と行動の流れをシームレスに表現しています。有名な朝食のシーンでは、この技法により数年にわたる関係の変化を数分間に凝縮し、セリフではなく視覚的な語りを通じてケーンの結婚生活の変遷を描き出しています。
ローアングルショット
ウェルズは頻繁に「ローアングルショット」を用い、特にケーンが登場するシーンで力と支配の印象を生み出しました。この技法は視覚的なインパクトを高めるだけでなく、登場人物の誇張された人格や、野心と没落というテーマを強調するのに一役買いました。
オプティカルプリンティング技法
この映画では「オプティカルプリンティング」を活用し、創造的な場面転換や画像の重ね合わせを実現しました。この技法により、映画独特の視覚スタイルと物語の複雑さが生まれ、当時としては画期的な方法で時間と空間を操ることができました。