
歴史に名を残す脚本家から学べる事 vol.11 エプスタイン兄弟&ジャック・プレヴェール
21. エプスタイン兄弟

ジュリアスとフィリップ・エプスタインは、このリストに登場する2組目の脚本家兄弟です。彼らの脚本家としての才能は疑う余地がありません。その最大の理由は、ハワード・コックと共に『カサブランカ』(1942年)の脚本を手がけたことです。
『カサブランカ』は映画史に残る名作であり、これを超える作品を生み出すことは、ほぼ不可能と言えるでしょう。結果として、この作品が双子にとって唯一の主要な功績となりました。それには悲しい理由があります。フィリップがその10年後にがんで亡くなってしまったのです。
ジュリアスは兄弟の死後も一人で執筆活動を続けました。しかし、『カサブランカ』に匹敵する作品を再び生み出すには、実に40年の歳月を要しました。それが『ルーベン、ルーベン』(1983年)です。この作品は、詩人ディラン・トーマスをモデルにした、ユーモアと痛みが入り混じった伝記的な映画でした。ジュリアスは、トーマスが「断崖絶壁でピクニックを広げる」かのような、危うさと魅力を併せ持つ詩人の姿を、巧みに描き出しています。
脚色と構造
エプスタイン兄弟は、既存の作品を映画脚本に脚色する能力に長けていました。この過程で彼らは、原作の本質を保ちながら、独自の創造性を注入するという難しい課題に挑戦しました。
『カサブランカ』は、この才能を最も顕著に示す例です。彼らは未上演の戯曲『みんなリックスに来る』を基に、観客の心に深く響く魅力的な脚本へと昇華させました。この作業には、以下のようなアプローチが見られます
原作の核心的なテーマを見極める
キャラクターの発展を通じてテーマを深める
プロット構成を調整し、テーマをより効果的に表現する
このプロセスにより、原作の魂を失うことなく、映画という媒体に最適化された脚本が生まれたのです。
キャラクター開発
エプスタイン兄弟にとって、キャラクターの造形は脚本執筆の要となる要素でした。彼らは、十分に練り上げられたキャラクターがあれば、そのキャラクターに相応しい台詞が自然と生まれると信じていました。
ジュリアス・エプスタインの言葉を借りれば、「適切なキャラクターさえ得られれば、書くことができる」のです。この信念が彼らの執筆プロセスを導き、結果として以下のような特徴が生まれました
各キャラクターが独自の「声」を持つ
台詞がキャラクターの個性や背景に忠実である
キャラクターの行動や選択が一貫性を保つ
この手法により、『カサブランカ』のリック・ブレインやイルザ・ラウンドといった忘れがたいキャラクターが生み出されました。彼らの台詞や行動は、それぞれの個性と状況に深く根ざしており、観客に強い印象を与えます。
エプスタイン兄弟のこうしたアプローチは、単に物語を語るだけでなく、観客が共感し、記憶に残るキャラクターを創造することに成功しました。彼らの技法は、今日の脚本家にとっても大いに参考になるものです。既存の作品を脚色する際の創造性や、キャラクターを中心に据えた物語作りの重要性は、現代の映画製作にも通じる普遍的な価値を持っているのです。
22. ジャック・プレヴェール

ハリウッドが脚本家市場を大きく独占してきた中(特に英語圏では)、アメリカ以外の映画界からも、ベン・ヘクトやアーネスト・レーマン、ポール・シュレイダーに匹敵する名声と地位を得た脚本家が現れています。その中でも特筆すべき存在が、フランス最高の脚本家の一人(そして著名な詩人でもある)ジャック・プレヴェールです。
プレヴェールは30年以上にわたり、数多くのフランス映画の脚本を手がけました。彼の優れた作品リストの中でも、特に2つの傑作が際立っています。
1つ目は『ランジュ氏の犯罪』(1936年)です。これはジャン・ルノワールの中期を代表する名作の一つです。物語は、不遇の作家が思わぬ展開で出版社となり、その後、かつての悪徳出版社主との対決を余儀なくされるというものです。出版社の経営者が会社の金を持ち逃げした後、主人公自身が出版社を引き継ぐという展開が、物語に独特の味わいを加えています。
2つ目の『天井桟敷の人々』(1945年)は、さらに偉大な作品として知られています。フランソワ・トリュフォーを含む多くの映画人が、これを史上最高の映画の一つと評価しているほどです。マルセル・カルネ監督のこの傑作は、一見すると1890年代のパリの劇団を描いた物語ですが、その実、第二世界大戦中のフランス人の生き様を象徴的に描いた作品となっています。
詩的影響 詩人としてのプレヴェールの背景は、彼の脚本スタイルに大きな影響を与えました。彼はしばしば脚本に叙情的な対話と鮮やかなイメージを注入し、観客の心に響く詩的な雰囲気を作り出しました。自然でありながら印象的な台詞を作り出す彼の能力は、彼の作品の特徴です。例えば、『天井桟敷の人々』(1945年)では、対話が深い感情の流れと人間関係の複雑さを反映しており、詩とドラマを融合させる彼の才能を示しています。映画史上最高の作品の一つとしてしばしば評価されるこの作品で、プレヴェールの脚本はロマンス、悲劇、演劇性の要素を組み合わせ、19世紀パリの芸術家たちの生活を映し出しています。この映画の詩的な対話と豊かなキャラクター開発は、詩的言語と映画的ストーリーテリングを融合させるプレヴェールの巧みさを例示しています。
シュールレアリズムと象徴主義
シュールレアリスム運動への初期の関与も、プレヴェールの物語技法を形作りました。彼はシュールレアリスティックな要素と象徴的なイメージを用いて、より深い意味と感情を伝えました。これは『ラング氏の犯罪』(1935年)の脚本に明確に表れており、物語が現実と幻想的な要素を織り交ぜ、第二次世界大戦前のフランスの社会的・政治的状況を反映しています。この映画は、労働者の搾取を批判しながらファンタジーの要素を取り入れた物語を特徴としています。プレヴェールの脚本はユーモアとシュールレアリスムを用いて深刻な社会問題に取り組み、観客を引き込みながら思考を促す彼の能力を示しています。
キャラクター主導の物語
プレヴェールの脚本は、その動機と感情が物語を動かす強く、よく定義されたキャラクターによって特徴づけられます。彼は人間の経験に焦点を当て、しばしば愛、喪失、社会正義のテーマを探求しました。彼のキャラクターはしばしば日常的な状況の中で描かれ、その内面を明らかにすることで、共感を呼び、心に響くものとなっています。例えば、『霧の波止場』(1938年)では、主人公の霧深く憂鬱なパリでの旅が、彼の葛藤と欲望のバックドロップとして機能しています。この映画でプレヴェールの対話は、不確実さに満ちた世界を航海するキャラクターたちを通じて、戦後の幻滅感の本質を捉えています。映画の雰囲気のある設定とキャラクター主導のプロットは、感情的に共鳴する物語を作り出す彼の技量を強調しています。
対話とユーモア
プレヴェールは機知に富んだ鋭い対話で知られ、しばしばユーモアと皮肉を取り入れていました。印象に残るキャラクター間のやり取りを作り出す彼の能力は、『奇妙な劇』(1937年)のような映画に明確に表れており、そこでの対話は巧みな言葉遊びと状況喜劇に満ちており、映画全体の魅力と訴求力を高めています。
ジャック・プレヴェールの脚本への貢献は、フランス映画に消えることのない足跡を残しました。詩的な言語と魅力的なストーリーテリングを融合させる彼の能力は、今も映画製作者や作家たちにインスピレーションを与え続けており、彼を脚本の歴史における重要な人物としています。
いいなと思ったら応援しよう!
