俳優演出【入門】:【FACT / 事実】の提示
前回までは、登場人物の『オブジェクティブ / 目的』という情報について説明してきました。
2つ目に重要なのが【FACT / 事実】です。
まず、あなたは登場人物を説明する為に役者にどのように説明をしますか?
『優しいけど、優柔不断で、意気地なし。』
もし、これらの単語が俳優演出の場で出て来たらアウトです。
では、これらの単語の共通点は何でしょう。
そう、形容詞です。
皆さん覚えてますか?シナリオを書く際の大原則。
形容詞を使わない。
じつは、この原則は俳優演出にも当てはまります。
何かを正確に伝える際に、形容詞での説明は大変不正確です。
なぜなら人にとって『優しい』も『優柔不断』も『意気地なし』も基準が異なるからです。
また、具体性に欠ける為に「どのように優しく、優柔不断で、意気地なしなのか?」と、指示された方は分からない事の方が増えてしまいます。
我々の目的は観客がそのようにキャラクターを認識することであって、
言葉でキャラクターを説明することではありません。
では形容詞以外でどのように、登場人物を説明すればよいのか?
それが【FACT / 事実】なのです。
例えば、こう説明します。
主人公は中学時代に虐められていた。
なぜなら、クラスメイトの1人が虐められているのを見過ごすことが出来ず、うっかり、かばう様なことを言ってしまったから。しかし、いじめグループのリーダーに威圧されて、すぐにその意見を撤回。より酷いいじめに加担してしまった。それを見ていた、他の人から“卑怯なヤツ”と思われ、いじめの標的も気がつけば主人公になり、中学時代の後半を1人ですごした。
さて、これは、キャラクターの性格を構成した過去に起こった事実です。
ここから想像されるキャラクターの性格は『優しいけど、優柔不断で、意気地なし』と説明されるより、よりリアルで具体的。さらに、現在にまで影響していそうなトラウマ等も想像で来ます。
これらはバックボーンとも言われます。
バックボーンは役に人間的ディテールを与えるのに大変効果的です。
さらにそれだけではありません。
神経質な性格であることを表現する為に
→リビングのサイドテーブルに大きさ順にリモコンが並んでいないと気がすまない。
→自分の部屋に一歩でも他人が入るのが許せない。それが例え、恋人や両親でも。
このように、具体的かつ、行動を通して説明出来ることをそのキャラクターの【FACT / 事実】と言います。
俳優演出で大切なのは、事実=情報を如何に伝えるかと言うこと。
そして、その情報から俳優が如何に想像を巡らすことが出来るか、ということなのです。
それでは、以下にとあるキャラクターAの事実を並べていきます。
1. 年齢は67歳
2. 職業は医者
3. 週に3回勤務
4. ボランティアで週3回、仕事終わりに小学校を回り子供達に健康相談や定
期検診を施している
5. 患者にはどんなに悪い状況でも告知をする
6. その際、気休めは一切言わず、医学に沿った情報のみを正確に伝える
7. 移動は常に徒歩。バスや電車には乗らない
8. 2DKのマンションに一人暮らし
9. 30年前に妻と幼い子供を事故で一度に無くしている
10. 週に1度、お手伝いさんが来て掃除、洗濯などをしてくれる
11. 趣味は園芸
12. ベランダに簡易温室を作って多肉植物を栽培している
13. 毎朝、近所の店で新鮮なパンと牛乳、バターを買い、月曜と金曜日には14. 新鮮な卵をプラスで買う
15. 肉は鶏だけ食べる
16. 外食は嫌いで料理は自分でする
17. しかし、週に1、2回病院の近くにある30年来通うカフェがあり、ミル
クたっぷりのオレを飲む
18. 休日は殆ど外出せずに、植物の世話と本を読んで過ごす
19. 本は仕事帰りで図書館で借りて来る
さて、これらは、とあるキャラクターの【FACT/事実】を箇条書きしたものです。ここから、登場人物の性格や生活が見えてきます。
例えば、このキャラクターは妻と子供の死に大きな傷を負っているとしましょう。言葉で「このキャラクターはトラウマを抱えている」というより、以上の様な情報の方が役者に有利に役立ちます。まずは上から、そのトラウマが要因となる情報を探して下さい。
答えは4,5,6,7,17です。
特に7はとても重要です。
このAの行動で彼の家族は交通事故で無くなったことを想像出来ます。また、かれは事故に対して大変注意深くなっています。その為、役者は彼が事故を起こさない為に何をしているかを想像します。車通りの多い所は通らない。信号は必ず守る。夜道は歩かない。等々。
これらは、監督の指示ではなく、役者が想像したこのキャラクターの追加情報です。
しかし、それは監督が求めるAのキャラクター像と合致しているはずです。
映画演出で大事なことは監督は全ての情報を与えることが出来ないと言うこと。
キャラクターの全人生を生まれてから全て役者に伝えるのは無理です。そもそも意味もありません。しかし、キャラクター構成に必要な情報は与えなければなりません。
では、与えられない情報の隙間と隙間をどのように埋めていくのか?
それが、役者の想像力と表現力です。
そして、それを活かす為の必要最低限の情報が監督には必要なのです。
さらに続けて観ていきましょう。
5と6にはAの医者としての哲学が現れています。その哲学はどこから来たのか?
事故で突然不条理に妻子を無くしたAには、患者に宣告という形で別れを言う為の時間を与えている。また、気休めを言わないのは“世の中には不条理で、人の力ではどうにも出来ないこと”を妻子の死によって知ったからである。
俳優が【FACT】によりこれらの事を想像出来れば、一見、無慈悲で冷酷に見える患者への通告も、彼がプライドと信念を持って行っている事が分かります。すると、その役は無慈悲で冷酷ではなくなり、役者はそのように劇中で振る舞う事が出来るのです。
この様に具体的な行動の理由を説明する方が、抽象的な心理状態を説明するより、ぐっとキャラクターに対する理解も深まります。
4と17はAの対立する心理状態を表していますが、もしトラウマが理由であるならばとても理にかなっています。
小学生というのが鍵で、彼は30年前に死んだ子供が忘れられず、子供と関わる仕事を積極的にしています。ひょっとしたら、忘れられないだけではなく、不幸に死ぬ子供を1人でも減らしたいと思っているのかもしれません。17は反対に、彼がなるべく人と関わりを持とうとしていない中にもどこか人との繋がりを望んでいる事を予感させます。
「主人公は一見、冷たく冷酷に見えるが、本当はとても優しく、自分の行動に責任を持つ人物なのだ」等と言うよりも、よっぽど分かりやすく、深くキャラクターを理解できます。
この様に、事実の羅列には想像の余地があります。
「妻子の死に深いトラウマと傷がある」と言うよりも「これらの行動の理由には妻子の死が関係している」と言う風に言った方が、具体的かつ、役者がキャラクター自身の心理を想像しやすいのです。
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