第115回医師国試 感染症関連問題の振り返り(と一部解説) -B問題編-

なしかす先生、

暇なんですか?


115B23

現状多くの医療機関で慣習的になされているであろう市中肺炎の診断・治療のプロセスに対するアンチテーゼ的問題。必修レベルです。

重症度評価にはA-DROP、CURB-65や、少し項目が多いですがPSI(Pneumonia Severity Index)を用いることが多いです(*1)が、その評価項目の中に体温や白血球数、CRPは一切入ってきません。ですので「白血球数が増加している!抗菌薬!」でもないし「CRPが高値!抗菌薬」でもないわけで、落ち着いてphysicalと呼吸機能のパラメータ(呼吸数やSpO2、多少侵襲がありますが動脈血液ガス分析)の評価を行い、良質な喀痰検体が取れたら(取るように努力して)Gram染色をし起因微生物を予想しましょう。抗菌薬を選択するのはそれから。起因微生物が同定できなければ同定するための環境づくり(喀痰塗抹・培養再検の予定組み・血液培養・尿中抗原検査など)をしっかりやって、抗菌薬を選択するのはやっぱりそれから。

ルーチンでの血液培養は必要ないとされますが、僕は入院症例は全例、また全身状態・バイタルサインの不安定な患者に対しては特に血液培養提出の閾値はものすごく下げて考えています。特に肺炎の診断が正しいかどうかの確証がない時。後になってEscherichia coliが血液培養で発育してきて「実は腎盂腎炎が本態でした!バレたか!」みたいな経験は誰にでもあると思いますし、僕も「重症の肺炎かと思ったらStaphylococcus aureusによる敗血症性肺塞栓でした!」っていうのを一度経験しました。ceftriaxoneからcefazolinに最適化して治療を完遂しましたが、こうやって血液培養に救われることがあるワケです。

一般的な市中肺炎で経過が良好ならば治療期間は7日ほど。近年では5日で終了してもそれ以上治療した場合とアウトカムが変わらなかった、という研究も出ています(*2)。もちろんCRPの正常化まで抗菌薬を継続する必要はありません。ただし肺化膿症など慢性呼吸器感染症の併存・移行があった場合はこの限りではなく、標準的治療期間である6週間より長期間の治療を要すると判断された場合にはCRPやESR(赤血球沈降速度)の正常化を目安に抗菌薬投与期間を設定する、という考え方があるのも事実です。

SNSで架空の(ここ大事)オーベンを破茶滅茶にdisったんですが、こういう上級医は残念ながらまだまだ臨床の現場においてマジョリティだと思います。こういう医師にちゃんと理詰めで反論できるように若手から突き上げをしていかないといけないなーと常々感じています。僕もガスガス突き上げています。

少々脱線しましたが、(a), (b)は大バツ、(e)も市中肺炎に関してはバツ、(c)は臨床現場で体験していないとなんとなく感覚を掴みにくいですが、培養検査の最終結果が得られるまでは数日かかりますのでこれを待つ理由はなく、やはりバツ。答えは(d)でやろうと思えば検体提出から15分そこそこで結果が判明するGram染色を利用して治療を考えようね、というものです。抗菌薬を投与してから喀痰塗抹をとると抗菌薬投与自体がノイズになってしまって適切な情報が得られない場合がありますので、この点もポイント。

*1 IDATEN 市中感染症診療の思考プロセス

*2 Ane Uranga, MD; Pedro P. Espana, et al. JAMA Intern Med. 2016; 176(9): 1257-1265


115B26

本質的にはノロウイルスがどうこうっていう問題ではないのですが・・・

ノロウイルス(Norovirus)は冬期の健常人における市中発症の下痢症のうち高い割合を締める起因微生物で、病院内では接触感染対策、トイレも占有にし院内のアウトブレイクの防止策が必要になります。アルコールでの消毒も無効ですので、患者対応後は流水・石鹸での手洗いが求められます。

問題文ではこのアルコール消毒をするということが回答の分かれ道になっているようです。とりあえず(b), (c), (e)は接触感染対策、またアルコール消毒が無効な微生物に対する手指衛生方法の選択として正しいのはいいですよね。

明らかにダメなのが(d)で、診察に使用し汚染された聴診器を白衣にしまうと白衣ごと汚染扱いになります。聴診器も専用のものにして、退院後に洗浄・消毒・保管するのがベター。しまうタイミングがどうこう、というものでもないです。なのでこの設問の回答は(d)。

で、問題が割れ選択肢と思われる(a)。「アルコールはノロウイルスには効かないぜ!してやったり!答えは(a)!」とやった受験生は泣いていいです。診察前にアルコールによる手指衛生を行うのは他患者や病棟物品に定着しているかもしれない微生物の伝播を防ぐためでノロウイルスに対する接触感染対策ではありません。この辺はWHOが策定している手指衛生の5つのタイミング(*3)が参考になると思います。

関連して、よくある間違いなのが、「手袋をするから手指衛生は省略していい」と思っている医療者の方。ダメですよ。手袋は製造過程で100枚に1枚ほどピンホールが空いていると考えられており、個人防護具(PPE)としての機能はあれど、手指衛生を代替するものではありません。穴が空いている前提で装着するものと考えて、手袋を装着する前に必ず適切な方法で手指衛生を実施してください。

*3 サラヤ株式会社 手指衛生5つのタイミング


115B33

これもなかなか苦い問題。

大前提として、HIVは尿暴露での伝播は原則起こりません。もちろんARTによるHIVのコントロールの程度や暴露部位(傷などの皮膚バリアの破綻の有無も)により、そのリスクは相対的に高まると言わざるを得ませんが、それを加味しても正味ゼロです。教科書的にはHIV感染血液による針刺しや切創などの職業暴露でHIVの感染が成立するリスクは、経皮的暴露で約0.3%、粘膜暴露で約0.09%と極めて小さく、HBe抗原陽性のHBVの約40%、HBe抗体陽性の約10%、またHCVの約2%と比較しても極めて小さいリスクであると言えます。まして尿だなんて。

でもでも問題文中の研修医の心理的なダメージは大きいでしょう。まずは正しい知識で研修医をなだめつつ、尿の付着した部位を流水と石鹸で洗浄するのが良いと思います。もちろんその際、皮膚の障害がある部位への付着であれば前述の通り相対的にはリスクが高まりますから、洗浄し、場合によっては専門家へ相談するのも手だと思います。血液付着がないことを確認するのももちろん正しい。なので(a), (b), (c), (e)は正解。

(d)が不正解なのですが逆に予防投与を考慮すべき状況は、前述した血液をはじめとした暴露事象があり、患者の血中HIV RNAコピー数が検出感度未満ではなく、予防投与が必要と判断された場合と言えると思います。多少ふんわりしてますが。HIV RNAコピー数が検出感度未満(<500 コピー/mL)であればリスクのある暴露事象があっても伝播の可能性は極めて小さいと考えられています。例えば男性同性愛者において肛門性交をしお互いに体液・血液に暴露する可能性があっても、お互いのウイルスコピー数が検出感度未満であれば伝播することはほぼ全くない、という考え方に通じます。界隈では「U = U(undetectable = untransmittable)」と表現されます。

僕は初期研修医の頃HIV患者に対するとても苦い思い出があって、HIVの感染対策の話を聞くと毎回のようにそれを思い出して胸が痛むのですが、「HIV患者だから」といって一緒くたに扱い、差別同然の不必要な感染対策を行うことは厳に慎みたいところです。


115B40

STD(sexual transmitted disease)の既往のある若年女性の皮疹(バラ疹)でRPRも陽性、正答するには全く難しくない問題かと思います。STDをひとつ見つけたら他のSTDの検索も忘れないようにしたいです。





にわかに暇なんです。すみません。