スノー・ビューティー 第一部 "一度開けてしまった封は閉じれない"
新年の催し事も落ち着き、1月も半ばに差し掛かったころ、新潟市内のシルヴァ街の青年、光は、窓ひとつしかない陰気なマンションの一室で目を覚ました。
「そういや、昨日は何していたっけな?」
目の前に拡がるのは真白く広いベッド。そこから語られるべきものは何一つなかった。
「俺は何を探しているんだ?ぜんぜん思い出せないぞ。こりゃ、参ったな」
妙な感覚が心を捉えているのを感じ、光は言った。
目を覚まして間もない人の頭が覚醒しておらず、思考がうまくできないという事はよくあるが、彼の感覚は素手で林檎を真っ二つにできそうなくらいはっきりとしていた。
「昨日が大きく関係しているに違いないぞ。はて、昨日はなにをしたかな?ティファニー通りの居酒屋で一杯引っ掛けて、バーにでも行ったかな?」
光は点を繋げて線にする様に、細かく記憶を辿った。
「人の悩み事はすべて人間関係に起因するとアドラーが言っていたな。しかし、俺は懇意にしている友人がいなければ、女もいない。」
瞑想的な表情で光は言った。
光は多くの人と進んで交流をしようとはしなかった。それは世間知らずだとか、シャイだからという事ではなく、川が上流から下流に流れる様な自然で習慣的な現象であった。その証拠に光は、パーティの席では持ち前のユーモアセンスを発揮して、周りを笑わせる事が多いし、初対面の人とでも旧来の友人の様に接する事ができた。
「宇宙人にでも連れ去られたのかな?それとももっと現実的で、新しい科学技術を使って、昨日の一部の記憶だけ消されてしまったとかか?」
いくら考えても答えは出なかった。その時、光は重大な事実に気が付いた。
「財布とスマホがないぞ。これはどうしたものか。とにかく大事になる前に警察に行かなきゃな」
そう言って光はそそくさと真鍮のドアノブに手をかけ、往来へ出た。