1度目の少年院生活 第九話
丸坊主になった頭を冷たい水道水で流す。
頭をタオルで拭くと、タオルが頭に引っかかる。
目の前の鏡に映る頭が丸い自分。
留置場と鑑別所のいききで、ずっと剃っていない生えっぱなしの眉毛。
「ついに少年院か」
俺は心の中で呟いた。
ついに少年院生活がスタートする。
この1年という期間が永遠にも感じた瞬間だった。
少年院にきてはじめての夕飯になりかけていた。
約3畳の1人部屋は、分厚い鉄の扉で塞がれている。
その横にちっちゃな食器口と呼ばれるスペースがある。そこから飯が運び込まれるらしい。
「食事準備ー!!」
教官のこの号令とともに、隣の部屋もその隣の部屋も、なにやらガチャガチャと動き出す。
俺は要領を掴めていない。
部屋にはお盆と水筒、湯呑み、箸箱が支給されていた。
ここへきた時に教わったように、それらは机に用意する。
そして鉄の扉の前で『気をつけ』で待つ。
給食のおばちゃんの服みたいなのを着た、同い年かそれより上の奴がご飯を配っていた。
「ありがとうございます!」そう言わなければ行けなかったが、俺のプライドが恥ずかしさを出し、声が小さくなった。
その給食を配っている奴らは、出院間近のやつらだと教官から聞いていた。
俺はとてつもなく、羨ましかった。
「こいつらはもう外に帰れるんだ」
そんなことを想像して、この先の1年間がずっと終わらないんじゃないか。そんな感覚を覚えた。
飯を配られ、「いただきます!」と大声で1人で言う。言わなければならない。
恥ずかしさが拭えない。
やってけんのかよ。
そんなことばかり思っていた。
少年院で初めて食べる飯は、めちゃくちゃ美味かった。
留置場で出てくるような、やばい飯じゃなく、ちゃんと手作りされ、その少年院で作られた野菜らが使われていた。
飯の旨さには感動した。量も多かった。
少年院にきた緊張なのか、量が多かったのかはわからない。
全部食べ切るのが精一杯だった。
その夜、初めて内省と呼ばれる、座禅みたいなものをやった。
この進入時教育期間は、毎日朝と夜の計2時間、壁に向かって座り、目を瞑り、毎日のテーマに沿った考え事をしなさいという時間がある。
内省を終えたら、その時間に考えたことを書きなさいと言うものだ。
これは鑑別所でもやったが、やって精々20分だった。
この少年院は1時間。それも朝と夜。
俺はあぐらをかき壁の方を向き、ベッドに座る。
この内省の時間、教官は廊下を歩き全員が内省をちゃんとやっているか、背筋は曲がっていないか、目を開けていないか、そんなことを確認しにくる。
教官の怒鳴り声が聞こえる。
内省をちゃんとやってないやつがいるんだ。
そんな風に思った。
俺は別にちゃんとやるつもりもなかったけど、まじめに見せかけるのは割と上手い。
見かけを繕い、この少年院をどう上手く切り抜けるか。
そんなことばかり考えていた。
何もしないで目を瞑る1時間ほど、暇なことはなかった。
まだ時間にならないのか。
目をたまにあけ壁を眺める。
教官の足音がする。
目を急いでつぶる。
その繰り返し。
足も痺れてきた。あぐらから正座に変える。
少しは楽になるがまた痺れる。
またあぐらに変更。
その繰り返し。
結局なにも考えず終い。というより俺は割と要領がいいのかもしれないが、その内省中に文章を考えていた。
内省後に書かないといけないやつの文章。
どうかけばよく見られるのか。
というのも、この少年院は毎月成績がつけられる。
色々な評価項目がありa〜dの評価をつけられ、総合成績がA〜Dのどれかをつけられる。
その成績によっては期間が多少短縮される。という異例のものもあるらしい。
俺はそれを目指すために、ひたすら真面目を演じた。
言うことを聞くいい子を演じたんだ。
そのためにも文書はみっちり書かないといけない。
だから内省中にひたすら考えた。
長かった1時間が終わり、文書はすらすらかけた。
その後就寝前にまた、日記をつけないといけない。
これもまた教官に提出し、コメントをもらう。
ここも成績に関わってくる部分だと、確信していた。
俺はひたすら上っ面の反省を並べた。
上手く評価されるように頑張った。
それがいいのか悪いのかもわからなかったけど。
その日の就寝時間になった。
少年院での初めての夜。
教官に挨拶をし、電気が消される。
寮内はとても静まり返っていた。
窓の外からは、大勢で
「おやすみなさい!」と言っている声が聞こえてくる。
集団寮だ。
ここを1ヶ月過ごしたら、集団寮へ編入することになる。
早くそこへいきたかった。
なんせ部屋で1人。中学生の俺は寂しかった。
他の奴らと目を合わせては行けない、にやけちゃいけない、もちろんしゃべったら懲罰。
そういうルールがあるのは知っていたが、同じ状況の人が近くにいる。
そういう安心感が欲しかったのかもしれない。
その夜は寝付けなかった。
目を開け天井を見つめる。
親の顔が浮かんできた。
鑑別所から審判を受け、ここへきた。
その審判の時、少年院送致と言い渡された瞬間、母親は泣いた。
その姿をふと思い出してしまった。
気づけば俺は静かに泣いていた。
あれ、涙が止まらない。
そんなことを思いながらも、涙がでることに抵抗もせず、静かに泣いた。
俺は心の底から後悔した。
なんでこんなことになってしまったんだ。
早く帰りたい。
そんなことを思い続けた夜だった。