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迷いと決意とフランス国歌と——ドビュッシー『花火』

一瞬の煌めきのために昇り、堕ちて消えていく。それを見て、人は手を叩いて喜ぶ。そういうものを、私は多く知らない。

夜、少しだけふらつきながら、高く高く昇る。覚悟を持って息を止める一瞬の間。——次の瞬間、迷いなく一気に空にこぼれていく。深く刻むような低い音が響き、緊張からの解放。
その様は本当に、本当に綺麗で、そして最後まで煌めいて消える。

そう、花火は美しい。それと同時に、背後にはそのための覚悟と、その先の消失が、思いの外大きく存在している。

*

クロード・ドビュッシー《前奏曲集 第2集》より第12曲「花火」。その曲は、どうにもキラキラ楽しい“花火”には思えない。

私の知っている花火は——毎年のことなのに毎度「浴衣 着付け」でググりながら浴衣を着て、レジャーシートで場所取りして、屋台が並んでいて、ビールとか買っちゃって、早めに退散しようと思ったのに結局最後まで見ちゃって、人混みに呑まれながら駅へ向かう。夏、そんな花火大会を私はこよなく愛している。

だけど、浴衣だとかが日本特有であることを差し置いても、この曲にそんなイメージは到底できない。それは、この曲がフランスの革命記念日の花火を描いたものであることに由来するんだろうか。

冒頭から絶えず細かく不穏な響きの中で動き続ける音は狼狽するようで、曲中の大部分をこの「迷い」が占めている。ゆらゆらゆらゆら、近いところを行ったり来たり、濁りそうなほど近い音を引き連れて漂っている。

一方で、時折出てくる力強いフレーズ。中でもドとソという白鍵上での完全5度の響きには、強い意思が見えて仕方ない。このフレーズ、多くの場合でハモりの音をたくさん伴うことをしない。ほとんど、単体かオクターブだ。

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(楽譜はimslpより *1)

曲中、その意思は時に黒鍵を纏いながらも、迷いの中で消えることなくふいに現れる。
そして最後(さっきの動画だと3分過ぎぐらい)、ついに高揚して、残っていた力全部で数オクターブを駆け上がる。海の底から湧き上がっては、先のフレーズを叫ぶ。もう一回、もう一回潜って、吹き上がってまた叫ぶ。

最後の階段を駆け上がり、たどり着いた塔のてっぺん。一拍置いて息を飲むと、直後、両手は鍵盤を滑降する。このグリッサンドを調子に乗って思いっきりやると、普通に痛い。だけど、痛みさえ曲に似合うとちょっぴり思ってしまう。

先に述べた以下の描写、

夜、少しだけふらつきながら、高く高く昇る。覚悟を持って息を止める一瞬の間。——次の瞬間、迷いなく一気に空にこぼれていく。深く刻むような低い音が響き、緊張からの解放。

この動作の主体を、私は、半分は花火のつもりで、半分は人間のつもりで書いている。(半魚人とかそういう類ではない)


右手が黒鍵を、左手が白鍵を全部巻き込んで落ちた後、ペダルの余韻は煙のようで、風が強くなければそこに留まるだろう。私が弾くと、この動画よりもう少しだけ、次の音に入らず煙が流れるのをつい待ってしまう。

それからしばらくして、地の底の深いところで蠢くように音がする。下まで行ったあと鳴り続ける低音は、なぜだか緊張を解いてくれる。
その場所で口ずさむのは、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の一節。そう、「相手の血で満たせ」とか「武器を取れ」と歌う、まあまあ物騒な国歌。それに絡むのは、ここまで何度も出てきた、あのドソドラソという消えない意思のフレーズ。まだ、まだ消えてなかったんだ、と少しの驚きと喜びを抱く。

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(楽譜はimslpより *1)

けれど、それも束の間。さて、最後の最後で出てきたこの国歌は、幼い頃から染み付いてふっと浮かんだものだったのか、やはりその国の者たる誇りなのか、革命記念日の風が運んできたのか、それとも。そんなことを考えるだけの時間はない。一瞬顔を出したかと思うと、
次の波によって捕らえられ、
泡の中に溶けて、

そしてあっけなく曲は終わる。

*

花火は、窓から見るより、テレビで見るより、現地に行って見るのがいちばん好きだ。空高く上がって花開くまでの一瞬の間を感じたいし、遅れて響く音は自らに刻まれたいし、何よりその煌めきを、夜空に迷いなく伸びたその先まで確かに輝いてから消えるその様を、目移りせず見届けたい。

もちろん、ビール片手に見上げるのも、そこからは見えない作り手に人々が拍手をするのも、浴衣を着て風を浴びて、帰り道に髪が空へ靡くのも、ぜんぶ好きで。

今年はどうやら、それができないみたいだけど。それならまあ、しかたない。この手で花火を奏でるとしようか。


P.S.  8月22日の夜に。158回目のハッピーバースデー、敬愛するクロード・ドビュッシー。


*1 下記URLより
https://imslp.org/wiki/Pr%C3%A9ludes%2C_Livre_2_(Debussy%2C_Claude)

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