【第22話】〜友情にかかった雲〜
学校から帰宅したモリヤは、いつものようにお手伝いさんに挨拶をして自分の部屋に入った。
広い部屋で制服から着替えた頃、ノックの音がしてお手伝いさんが
「おやつです」とケーキと紅茶を持ってきてくれたが、それには手をつけずにそのまま外に出た。
「留学ってなんだよ、なんで言わないんだよ」
ひとり言を超えた声で口に出しながら、高級住宅地を歩く。モリヤは譲れない世界を持った本村のことを羨ましく思っていた。
自分には確かに、中学時代から友人が多かった。でも実は大きな隠し事をしていた。モリヤの家は、大きな会社を経営していた。父親はその2代目で、かなり裕福だった。
小さい頃、何の気なしに友達を家に誘うと、その大きさや豪華さにみんなが驚く。だけど楽しんでくれていたので喜んでいたのだが、学年が上がるにつれて友達はよそよそしくなっていき、自分が普通だと思っていたことは他とは違っていて、価値観がズレているのだと感じるようになった。
だから中学や新しい環境では、家のことは言わないようにした。
そこで出会ったのが本村だった。
友達が多いと言っても、それは自分を隠した上でのことだと、本村に対しどこかで罪悪感のようなものも抱いていた。
彼には友人は少なかったが、自分の世界をきちんと持っていて、
むしろ選ばれたものしかそこに入れないような、そんなところがあった。
だから本村に「友達はモリヤしかいない」と言われると、妙な優越感のような自分が認められたような気がして嬉しかった。
中2の頃だったか、二人はお互いの秘密を言い合った。
本村は吃音のこと、モリヤは家のこと。不思議と、秘密を知ってもお互い気にならなかった。
それに、本村はモリヤには、ほとんど吃らずに話した。
本村からヒップホップを聞くのが好きだと教えてもらった時は、低音のベース音が体を揺らすように、心が躍った。
それまでモリヤはバイオリンを習っていて、クラシックは一通り勉強していたのだけど、本村は知らない世界を教えてくれたのだ。
すぐにモリヤも好きになり「アキもラップ、したらいいのに」というと、
「いや、無理だよ。吃音だし」と笑ったが、その表情はどこか寂しそうだった。
大学に入ったら学校は違ってもきっともっと二人の世界は広がるはずだ。
これから一緒に何をしようか。そう思っていたところだった。
「留学するんだって?」仲のいいわけでもない男子生徒が、本村にそう話しかけているのが聞こえたとき、怒りなのか失望なのか、初めての感情が湧き上がるのを感じた。
唯一の友人だと言っておきながら、なぜ今まで話してくれなかったのか、と。