【第16話】 全音符のような夕日が、二人を照らしていた
本村は、朝のホームルームでラップを披露しようと決めた。
鬱々とした毎日を送っていた高校生の頃、救ってくれたのはラップだった。だけど、教師になった時、それは封印した。やっと叶えた夢、同僚や周りからどう思われるか、正直気になったのだ。
もしかしたら、それが高島の言ったことだったのかもしれない。
教師になったから変わってしまったのではなく、二つを両立するのだと夢見ていたことを諦めてしまった時から、少しずつ変わってしまったのかもしれない。
“SCREAM!!” がそれを気づかせてくれた。
本村がラップを始めると、最初は驚いていた生徒たちも楽しんでくれた。「スゲー!」でも「ウケる」でも、盛り上がってくれることが嬉しい。褒められたくてやっているのではないのだ。自分も楽しみ、生徒にも楽しんで欲しいから。
ホームルームが終わり教室を出ようとすると、高島がやってきた。
「この前言ったこと撤回します。先生、思ってたより変ですね」と言うと、ちょっとだけ微笑んだように見えた。
それで十分だった。「いつでも待ってるから」本村は言った。
「本村先生?」
シャッターの閉まった “SCREAM!!” の前に立っていると、そう呼ぶ声がして、本村は振り返った。本村の学校の制服を着た女子生徒が、マスクからキョトンとした目を覗かせて近づいてくる。マリンだった。
「なんで先生がここに……?」
本村は一瞬迷ったけれど、正直に伝えることにした。高校の頃の気持ちを思い出したくて、VRの "SCREAM!!" には高校生となって入っていたのだと。
「そうだったんだ。先生が、アキだったんだ……」
詳しくは説明しなかったのでもっと引かれるかと思ったけれど、マリンは、内緒にしときます、と笑っただけだった。
「でも、キラーAって一体、何者だったんだろう。知ってますか?」とマリンが言うので、俺も知らない。と答える。学校に自分宛で送られてきた “SCREAM!!” のカードに送り主の名前はなかった。ふと、しばらく会っていない友人の顔が思い浮かんだことは黙っていた。
本村は、マリンの歌声がずっと残っていた。「きっと歌った方がいいよ」と言うと、「じゃあ先生もラップやってください。ラップと授業と、両方」とマリンが微笑んだ。
そのとき、マリンの白いマスクが温かい色を帯びた気がして、本村は振り返った。雲の間からオレンジ色の夕日が姿を見せた。
「夕日も、きれいですね」マリンがそう言い、本村は頷く。
楽譜の中の全音符のような夕日は、いつまでも二人を照らしていた。