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促すような批判?!自分で自分を値踏みしないレッテルを与えない?!


第7章教育より抜粋P265(一部割愛)

これからご紹介するのは・・・

失敗したときには建設的批判を

こんなタイトル名がついている。
言い方などを記載されているけれども
大切な部分を抜粋して・・・・
少しだけ考える場にしたいと思っています。

この章ではこんな言葉から始まっていきます。
建設的批判という言葉をよく耳にする。
進歩をうながす前向きな批判という意味だ。
ところが、わが子を批判するときにはだれでも、
建設的な批判だと思って言っているのではないだろうか。
役立たないと思いながら批判する親などいない。
けれども実際には、何の役に立たない批判がごまんとある
それは、子どものことを決めつけてかかるような批判である。

それに対して
建設的批判とは
子どもが悪い点を改めたり、もっと努力したり、優れた成果を出しりするのを促すような批判をいう。


ここで少しだけ考え見たいことがある。
それは・・・決めつけてかかるような批判の決めつけてかかるという部分。
多くの場合、・自分の感情を相手にぶつけているだけのことがあったりする。

理由はいたって簡単で・・・自分が思っているようなことが起こっていないから。このような関係は・・・何度も紹介しているように・・・他人の評価ばかりを気にしてしまうような関係性が生れてしまって・・・
硬直マインドセットを構築させる環境が整っていく。

ここでの建設的批判とは・・・・上記の通りに
子ども本人が悪い点(改善点)を改めてたり・・・もっと努力したりと・・・・自分で向き合い‥それに向かって挑戦して努力していく(過程)環境を与えることである。そして親はそれをする気になるような言葉を
与えてあげることである。

ただの注意や批判という評価は何の役にも立たないばかりか
かえってラベリング*することで彼らはさらにコチコチの思考になってしまうばかりに結果ばかりや評価ばかりを求めてしまうようになる。

*ラベリングとは、ラベルを貼るようにそこの評価を与える行為のこと。
    例えば、あなたは○○だ。


(いろんないい方が紹介されていますが、
ここでは割愛させていただきます)

ときに、
子どもが自分で自分を値踏みしてレッテルを
貼っていることがある。
ノギットの話に出てくる14歳の少年、
フィリップは父親と一緒に大工仕事をやっていて、
うっかり釘を床にばらまいてしまった。
すまなそうに、父の顔を見ていった。

フィリップ :  あーぼくって本当にドジなんだ
父     :  釘をばらまいたからって
         そんなことをいうもんじゃない
フィリップ :  じゃあ
         なんていえばいいの?

父     :  釘をばらまいちゃった。   
         拾って集めよう。 そういえばいい。

フィリップ :  それだけ?
父     :  それだけ

フィリップ :  ありがとう
         お父さん。


この親子のやり取りで、
私的な解釈を一つさせていただくならば・・・
もしかしたら・・・フィリップは、自己を守るために
自分で自分にレッテルを貼ったかもしれません。
もしかしたら・・・親や他の人に評価されることを回避するために。
ここで見ていきたいのは…父とフィリップとの関係。
個人的に考えていることは・・・不要なことは安易に意味を与えるようなことをしない方がいいと考えています。けれどもそこには・・・本人の努力だけではなく周りの人がどのような関係を与えてくれるのかにもよる部分もあると思われます。

続く。



いかがでしたか??
あらためて重複するかもしれませんが・・・・
私的には…本人の努力も必要ですが・・・・
人と人との間の関係がとても重要な役割を担っているということを
是非覚えてほしいと思います。そして言葉がどれぐらい人に影響をあたえるのか??そして人をしばりつけてしまうのか??
それだけ言語やコミュニケーションの影響力があるということでもあります。そして大切だと私は思っているのは・・・その人がそこにいることが許されている関係。促すような関係を大切にしてみてください。
批判したり決めつけるのはとても簡単ですが・・・
暖かく見守ってあげながら‥あなたのやさしさを他人に分けてあげてください。そのやさいしさが相手のこころを促すように・・・

ここまでおよみいただきありがとうございました。




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