『蜘蛛の糸』とマルクスの『資本論』と、『銀魂』などにおけるベルトコンベアのような連鎖と、現代日本の治安の関係
https://note.com/meta13c/n/n7575b6c0826b
この記事の注意点などを記しました。
ご指摘があれば、
@hg1543io5
のツイッターのアカウントでも、よろしくお願いします。
https://twitter.com/search?lang=ja&q=hg1543io5
2022年1月22日閲覧
2022年1月22日閲覧
マルクスの『資本論』と、『ウルトラマンネクサス』と『ウルトラマンコスモス』などの物語を組み合わせて考察して、経済について述べました。また、その経済には、犯罪心理も関係すると書きました。
そこで、『資本論』を踏まえたベルトコンベアと経済の関係に、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』についての私の推測を加え、そこに治安とメディアの繋がりも交えます。
注意
これらの物語の重要な展開を明かします。
漫画
『銀魂』
『ドラゴンボール超』
『日本人の知らない日本語』
テレビアニメ
『銀魂』
『ドラゴンボール超』
テレビドラマ
『相棒』
特撮テレビドラマ
『ウルトラマンZ』
小説
『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)
『高度な文明』(星新一)
『蜘蛛の糸』について
まず、『銀魂』において、ベルトコンベアでは、1人がミスをすると全ての線が連鎖して止まってしまうとあります。ベルトコンベアは1人1人の作業を急かして効率を上げるとされると、『高校生からわかる「資本論」』にもあります。
そして、私がこれに似ていると判断したのは、『蜘蛛の糸』の罪人を登らせる糸です。
『蜘蛛の糸』では、御釈迦様が、極楽から透ける池を通じて地獄にいる犍陀多(以下カンダタ)という罪人を見つけ、かつてカンダタが蜘蛛を踏み殺すのを思い留まった善行を思い出して、それに免じて極楽の蜘蛛の糸を垂らしてカンダタに登らせました。
ただし、カンダタは自分が助けられる事情を知らないようでした。御釈迦様があえて言わなかったか、声が届かなかったかは分かりません。
そしてカンダタの下に他の罪人が糸を登って来て、登る途中で下を見て気付いたカンダタが、糸が切れると恐れて「この糸は俺のものだ、降りろ」と叫んだところ、糸が切れて落ちました。
『蜘蛛の糸』の僅かな善行
これについて私が考えたのは、「何故御釈迦様はカンダタの善行のために、カンダタ以外の罪人が登るのを許したのか」ということです。
頭をひねった結果、「カンダタ以外の罪人も、少なくとも一つ善行をしていたからではないか」と気付きました。それは、「カンダタに聞こえる範囲では、誰も『降りろ』と他の罪人に要求していない」ということです。
カンダタは下を見て気付いたのであり、目の届く範囲に罪人が登ってきたのならば、声も届いたはずです。すると、逆にカンダタが他の罪人の声を聞き取らなかったのであれば、他の罪人は、自分以外の罪人に「降りろ」と言っていなかったことになります。
では何故他の罪人が、自分以外の罪人に、少なくともカンダタに聞こえる範囲で言わなかったのかと推測すれば、「自分達が、もっとも上の罪人以外は同罪であると認識していたため」だとも考えられます。
カンダタだけは糸を垂らされる権利があったのですが、他の罪人には自分が他人の利益に便乗していることを認める同調圧力があり、そのため自分の利益だけを求める発言を控えていた可能性があります。
元々カンダタの僅かな善行に免じて地獄からの脱出を認めた御釈迦様は、他の罪人も「自分達は同罪だから黙ってついていく」とこらえたのを善行だと認めたのではないか、と私は考えました。
むしろ御釈迦様の目的は、カンダタを救うことだけでなく、他の罪人にも自分の罪を認めて他の者を蹴落とし合わない善行をさせる、「善意の種」とも言うべきものをまくことでもあった可能性を見出しました。
「善意の種」
芥川龍之介は聖書に関心があったらしく、この『蜘蛛の糸』も仏教とは別の物語がモチーフだという説が文庫本などにあります。
聖書には「天国はからし種に似ている。どのような種よりも小さいが、育てばどのような野菜よりも大きくなる」という言葉があります。もちろん、仏教の極楽とキリスト教の天国は異なりますが。
しかし、御釈迦様は善意の種をまきたかった、という可能性を考えます。
『蜘蛛の糸』は、仏教の影響が残っていたとみられる日本で芥川龍之介が、海外の物語を分かりやすく伝えるために仏教の物語に変えたのではないか、とも推測しました。
『銀魂』や『ドラゴンボール超』の「レベルの低い連鎖」
ここで、似た例として、『銀魂』の「借りパク」を挙げます。
「殴られ屋」の岩松の商売の客になろうとした銀時が、金銭がないために、長谷川から借りたゲームソフトを渡そうとして長谷川を怒らせましたが、長谷川もそれを「たけし」から借りていたため、又貸しと借りたものを売るという悪行を共にしていました。
それぞれ人の財産や利益に便乗して、それが連鎖して責め合っていたため、第三者である岩松は「何だかどうでも良い争いが始まった」と評価していました。
先ほど「カンダタが登るのに便乗して他の者も登り、その中に、自分がほとんどの者と同罪だと認めるため声はあげない善行がある」と書きましたが、それはレベルの低い善行だとも言えます。悪行の連鎖と表裏一体の、規模の小さな善意です。「蜘蛛を踏み殺すのを思い留まる」のと大差がないでしょう。
そして、「借りパク」などをする銀時と長谷川の論争も、「レベルの低い」と言えます。それに反論しにくいのは、本来批判すべき「たけし」がその場にいないためです。
何故かこの劇中では、「たけし」に岩松が遭遇しており、『銀魂』ではそのような偶然が多いのですが、それが巡り巡って、銀時と長谷川の争いに「たけし」が現れて破綻させる可能性もありました。
このような例は、『ドラゴンボール超』や『相棒』にもあります。
『ドラゴンボール超』では、惑星の住民を滅ぼす制圧を行うサイヤ人を、破壊神ビルスが「むかつく」からとその上司のフリーザに滅ぼさせたことがありました。またビルスは、生き残ったサイヤ人と復活したフリーザの争いを放置して自分の脅威になる可能性のある強さが生まれて焦ったり、自分達が使って存在を知らしめた超ドラゴンボールでサイヤ人の体を乗っ取った神によって危機に陥ったりしています。
そしてビルスの勤める第7宇宙は、劇中の12ある宇宙のうち、2番目に「人間のレベルが低い」と断定されました。
さらにレベルの低い第9宇宙の界王神も、第7宇宙を含む「レベルの低い宇宙」同士で争うときに、第7宇宙を守るために復活させられたフリーザを「極悪人だから今攻撃されても誰の仕業か特定されにくい」と暗殺しようとしています。フリーザの「悪」と「強さ」を利用する第7宇宙の行いに、さらなる悪行が連鎖したのです。
ビルスは悪行の連鎖を放置して利用したために、自分にも危機が迫っており、善や悪というより、確かに「レベルが低い」と言えます。
しかし、それを客観的に指摘しようとすれば、「何様だ」と言われる確率が高いでしょう。ほとんどの登場人物が、ビルスの行いの影響で生き延びる部分もあるためです。
けれども、ビルスの「レベルの低い」行いによる状況は、外部条件の変化で度々不安定になります。
また、『相棒』シーズン19「人生ゲーム」では、不正に金銭を稼ぎ、それを子供に残す気のない父親が、酔っ払い不正を知られて、子供と周りの貧しい大人の偽装誘拐に遭い、通報出来なくなりました。
子供は「お父さんは僕にお金を残す気がなくて、自分で稼げって言うから、稼いでみようと思った」と主張しています。誘拐の主犯は「そもそも表に出せない金だから、誰の腹も痛まない」と弁解しました。不正な稼ぎに、不正な稼ぎが連鎖しています。
しかし、その悪行の連鎖を正当化する議論は、本来その金銭を持つべきだった父親の取引相手や顧客などに返すべきではないか、あるいは罪のない人間に他から知られればどうなるか、という外部条件で破綻する、内輪だけの反論を封じる、やはり「レベルの低い」ものです。
悪行に対して悪い感情を持つだけ、善悪の区別の付く部分はあっても、悪行を連鎖させるのが、レベルの低い善悪観であり、『蜘蛛の糸』、『ドラゴンボール超』、『相棒』の挙げた場面に共通するものです。
さらに、近年のウルトラシリーズでは、敵の能力やエネルギーを、ウルトラマンや主人公が用いることや、さらに敵に奪われることも多々あります。特に『ウルトラマンZ』では、能力の源の分裂や融合が起きたり、そもそも所有権を決めるルールがなかったりと、誰が悪いのかが決めにくく、「レベルの低い連鎖」になるかもしれません。
高度な文明のベルトコンベア
また、『銀魂』の「借りパク」だけでなく、ベルトコンベアでの「ジャスタウェイ」にも通じるところがあります。
警察官の山崎が捜査のために潜入した工場では、ベルトコンベアで単純な作業としてジャスタウェイという用途不明の置物を組み立てていましたが、捜査以前に山崎が労働意欲を失くし、工場長に憤っていました。
このベルトコンベアでは、「こんなものは十中八九要らないだろう」と言いたくなっても、声をあげにくくなります。何故ならば、仮に100人が作業するベルトコンベアでは、「十中八九要らないということは、確率から言って、10人から20人は、必要だとみなすということだ。お前1人がその10人から20人の賛同者の邪魔を出来るか?」という反論で、1人1人が反対しにくくなる同調圧力がかかるためです。
ベルトコンベアで単純作業をするだけでは、1人1人が同僚の行動する目的を察しにくく、「自分と異なり、この仕事に賛成する人が多数いるかもしれない」という疑いも強くなり、なおかつ些細な遅れやミスで阻害する罪悪感は生まれやすく、反対することが自分個人の利益のためだけになりやすい「無知」と「残忍化」を招き、それを防ぐために作業の指示に一方的に従う確率が上がります。
用途の分からない、工場長ですら説明出来ないジャスタウェイを山崎の周りが精力的に組み立てたのは、おそらく、ベルトコンベアの人を従える原理を皮肉として描いたのでしょう。
結局のところ、このベルトコンベアも、ジャスタウェイが政府を恨む工場長による爆弾であると判明して破綻しました。
組み立てる人間は、それに気付かなかったのです。
『人新世の「資本論」』でも、「現代でテレビやパソコンを組み立てるのは、その原理を知らない人間である」とあります(斎藤 2020年:pp.222-223)。
この書籍は、環境問題と経済問題を検証していますが、ジャスタウェイが爆弾であると気付かないように、テレビやパソコンの環境や人間の健康への悪影響にも、作業をする人間は気付きにくいでしょう。作業があまりに細かく分割されていますから。
星新一さんの『高度な文明』でも、「現代人のほとんどがテレビやマッチ箱を作れないように、高度な文明ほど自分ではものを作れない」とあります。
ベルトコンベアは、1人1人の「無知」を招くものの、『蜘蛛の糸』の罪人達に関して私が推測したように「自分達はこの集団に従うべきだ」、「逆らうのは周りを妨害する残忍な行為だ」という同調圧力で大規模な作業に取り組ませる協働性があり、それが育てる「善意の種」もあり、それで向上させられる実績もあるのでしょう。しかし、その共通の目的に悪い部分があったときに止められない「レベルの低い」連鎖も引き起こします。
「無知」な「善意」
「地獄への道は善意で舗装されている」ということわざもありますが、このベルトコンベアや蜘蛛の糸は、周りに悪行があっても、それに同調して、従うのを信じる一方の「底の浅い善意」が、悪行を増大させて「地獄への道」を舗装してしまうとも言えます。
『蜘蛛の糸』も、同じ行いの連鎖の唯一の例外であるカンダタに何か起きるだけで、蜘蛛の糸が切れて連鎖が破綻します。
何故カンダタが「降りろ」と主張する権利がないかと言えば、カンダタは自分の助けられる理由を知らず、他の罪人にその理由がないことを知らないためだとも考えられます。つまり、カンダタにも「無知」から始まる「残忍化」があるとも言えます。
伝えない、あるいは伝えられない御釈迦様はどうなのか、という視点もありますが。
いずれにせよ、この糸の連鎖も、端の人間の変化で破綻する可能性があります。
システムの穴を突く業績
また、『希望の資本論』で佐藤優さんと池上彰さんは、現代日本では学習システムの穴を突くような形で高い成績を挙げる「エリート」がおり、それは環境が変われば滅びるものだと主張しています。
『大世界史』にも似た主張があります。
現代日本のベルトコンベアによる協働は、悪の面の連鎖とそれを認めて従う善意が、僅かな外部条件の変化で破綻する蜘蛛の糸のように、危うい構造だとも言えます。
地獄の透ける極楽と「悪いニュース」
また、現代日本は「地獄の透けて見える極楽」のようではないか、という視点も私にはあります。
池上彰さんは、「私の幼い頃は、地方の殺人は珍しくなく、ニュースにならなかった。衛生状況も悪かった。現代日本は治安が良くなっているために、悲惨な事件が目立ってニュースになりやすくなっている」と著書で書いています。
『相棒』「オマエニツミハ」でも、「少年犯罪はひどくなっている」というジャーナリストに、刑事の右京は「少年犯罪は減っている」と述べています。通常、刑事ドラマは何らかの社会的な危機を描いて主人公の行動する意義を強調するでしょうから、このような主張は珍しいと思われます。
『日本人の知らない日本語』第2巻の表紙のカバー下にも、外国人が「私の母国で殺人事件のニュースが流れなかったのは、都合の悪かっただけではないか?」、「(日本で)悪いニュースが流れるのは良いことですね」と評価する場面がありました。日本人である語り手は、それに困惑しているようでしたが。
貧富の格差が治安の悪化を招くとも言われます。
また、『人新世の「資本論」』には、日本は世界の経済の恩恵を受けながら環境に負担をかける上層の側であるとあります。しかし、日本の治安は、外国と比較すればまだ良い方でしょう。
蜘蛛の糸を垂らす極楽の池から地獄が透けて見えるように、現代はベルトコンベアの連鎖がもたらす経済格差も生まれるものの、その同調圧力が富裕層と貧困層の治安の分断を生み、さらに情報を伝えることで「悪いニュースが流れる」ようになったのかもしれません。
それが、私の考えるベルトコンベアの裏と表です。それは、先述した『日本人の知らない日本語』の語り手のように単純に良し悪しを割り切れないものです。一種のディストピアともユートピアとも言えるかもしれません。
参考にした物語
漫画
空知英秋,2004-2019(発行期間),『銀魂』,集英社(出版社)
鳥山明(原作),とよたろう(作画),2016-(発行期間,未完),『ドラゴンボール超』,集英社(出版社)
蛇蔵,2009-2013,『日本人の知らない日本語』,メディアファクトリー
テレビアニメ
藤田陽一ほか(監督),下山健人ほか(脚本),空知英秋(原作),2006-2018(放映期間),『銀魂』,テレビ東京系列(放映局)
大野勉ほか(作画監督),冨岡淳広ほか(脚本),畑野森生ほか(シリーズディレクター),鳥山明(原作),2015-2018,『ドラゴンボール超』,フジテレビ系列(放映局)
テレビドラマ
橋本一ほか(監督),真野勝成ほか(脚本),2000年6月3日-(放映期間,未完,『相棒』,テレビ朝日系列(放送))
特撮テレビドラマ
田口清隆ほか(監督),吹原幸太ほか(脚本),2020,『ウルトラマンZ』,テレビ東京系列(放映局)
小説
芥川龍之介,1984,『蜘蛛の糸・杜子春 改版』,新潮文庫(『蜘蛛の糸』)
星新一/作,和田誠/絵,2003,『ピーターパンの島』,理論社(『高度な文明』)
参考文献
池上彰,2009,『高校生から分かる「資本論」』,ホーム社
池上彰,2013,『これからの日本、経済より大切なこと』,飛鳥新社
池上彰,2014,『池上彰の「日本の教育」がよくわかる本』,PHP研究所
池上彰,佐藤優,2015,a『大世界史 現代を生き抜く最強の教科書』,文春新書
池上彰,佐藤優,2015,b,『希望の資本論 私たちは資本主義の限界にどう向き合うか』,朝日新聞出版
カール・マルクス(著),今村仁司ほか(訳),2005,『資本論 第1巻 上』,筑摩書房
カール・マルクス(著),今村仁司ほか(訳),2005,『資本論 第1巻 下』,筑摩書房
斎藤幸平,2020,『人新世の「資本論」』,集英社新書
斎藤幸平,2021,『NHK 100分de名著 カール・マルクス『資本論』』,NHK出版
佐藤優,2014,『いま生きる「資本論」』,新潮社
細江達郎,2012,『知っておきたい最新犯罪心理学』,ナツメ社,p.148
的場昭弘,2008,『超訳 『資本論』』,祥伝社