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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

最近調べていることのまとめ,2024年9月4日


https://note.com/meta13c/n/n7575b6c0826b

この記事の注意点などを記しました。

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注意

これらの重要な展開を明かします。特に、PG12指定の映画『シン・仮面ライダー』及びその漫画版にご注意ください。

特撮映画

『シン・仮面ライダー』
『ゴジラマイナスワン』

小説

『われはロボット』
『キャッシュ』(小林泰三)
『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』(web原作,書籍)

漫画

『真の安らぎはこの世になく シン・仮面ライダー』
『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』

ロボット三原則と『シン・仮面ライダー』と『ゴジラマイナスワン』

 現在私が調べてnoteにまとめたいこととして、まずロボット三原則があります。
 1にロボットは人間に危害を加えてはならず、また危害を放置してもならない、2は1に反しない限り人間の命令に従わなければならない、3は1と2に反しない限り自分の身を守らなければならないというものです。
 これはアイザック・アシモフの『われはロボット』で導入されたものですが、幾つかの物語と照らし合わせたくなりました。
 『シン・仮面ライダー』は、AIが少数の人間の幸福のために人類を危険にさらし、三原則を守っていないことが明らかですが、その論理も気になります。
 『ゴジラマイナスワン』のゴジラの行動は、自分の安全を優先しようとして結果的に人間の命令に従うところもあります。

パターナリズムと「自己責任」論

 私は善意での強制であるパターナリズム、いわゆる「余計なお世話」、「おせっかい」と、一見逆に思える「自己責任」論が結び付く例を幾つか探していました。

 『シン・仮面ライダー』漫画版『真の安らぎはこの世になく』では、秘密組織のショッカーの大人のミスで暴走したクマが、ショッカーに属する保育園の特異体質の子供に引き寄せられたとき、その子供のひろみが手柄のためにクマと不用意に戦い負傷しました。それが一般人に知られて騒ぎになるのを防ぐために、大人の緑川弘は、ひろみ達を守るために保育園を休ませました。
 しかし、活動したいひろみの意思を無視して守る「パターナリズム」が一見みられるものの、そこに「お前が不用意に戦って負傷したせいでもある」という「自己責任」論を重ねる余地もありました。
 ここに、一見逆のパターナリズムと「自己責任」論の両立が成り立ちます。
 漫画版では、ショッカーの秘密を知ろうとした記者の一文字を、ショッカーに属するイチローが、自分のエネルギーの暴走で死なせてしまいました。
 さらにその息子の隼人がジャーナリストとして事実を突き止めようと接近したため、イチローは一文字隼人を洗脳して新しい配下にしました。
 「ショッカーの秘密を探ろうとする以上こうする他はなかった」と説明しています。
 しかし、イチローは様々な経緯で、人間全ての「魂」を嘘のつけない世界に連れて行く「ハビタット計画」を進め、「ハビタット計画が完成すればお前は全てを知る。それまで生き延びろ」と言っています。
 全ての人間が嘘をつけない状態にすることが人類の幸せだというイチローのパターナリズムを、一文字隼人への「それでジャーナリストとして知りたいことも知れる」という強引な善意に結び付けています。
 これも、「秘密を知ろうとする本人の行動を原因として配下にする」「自己責任」論に、「配下にして生き延びさせ、あとで秘密を強引な形で教える方が本人のためだと主張する」、パターナリズムが両立しているとも言えます。

『ギフト無限ガチャ』のパターナリズムと「自己責任」論

 『ギフト無限ガチャ』の漫画版で、やはりパターナリズムと「自己責任」論の両立がみられます。
 ファンタジー世界で、人間に近い「ヒューマン」という種族が弱いために差別される中で、それを打開するために、例外的に強くなったヒューマンのライトが、強い配下のカードのヒューマンを従えて戦います。
 ライト達が、弱いヒューマンの中で「見どころがある」と評価している魔術師のミヤについて、危機的状況でも他のヒューマンのために尽くす様子から「聖女」と呼ばれるようになり、ミヤ本人が困っています。
 これをライトは原作で「聖女という存在が生まれるのはヒューマンにとっても僕達にとっても良い」とみなしています。
 これも、逆説的に「良いことをしたのだから本人が望まないほど褒められるのは自業自得」という「自己責任」論と、「そうして褒められるのが本人のため」というパターナリズムが両立しているとも言えます。

SFのロボットとbot行為

 ロボット三原則について調べる中で、現実の「bot行為」について気になりました。
 SNSなどで同じ文章を何度も発信するbot行為は、重要な情報が見えなくなるので禁止されるようです。
 私は以前から、ロボットに人権を与えられるかの法的な議論で、「ロボットは人間に比べて出来ることが多いから与えられないのではないか」とおぼろげに考えていました。
 サイトや通話アプリへのログインで「私はロボットではありません」という過程があるのは、つまるところロボットのログインを許すと接続過多になるおそれがあるのでしょう。
 bot行為も、ロボットの人権以前に、ロボットに出来る「無意味な繰り返しの動作」が他の意味のある動作を妨害してしまう危険が議論されているとみられます。
 この辺りが、現実的な「bot行為」と、ロボット三原則などのSFの要素を繋げられそうです。

『キャッシュ』とインプレゾンビ

 小林泰三さんの『キャッシュ』では、宇宙船の中で長時間人間が暮らすための仮想世界において、人間の行動と周りの辻褄を合わせるための分身である「キャッシュ」が、人間が自覚せずに命を落としたときに残ってしまい、そのキャッシュが自らを維持するために仮想世界のコンピューター資源を食い尽くそうとしました。
 近年SNSで、「インプレゾンビ」という言葉がありますが、コンピューター上の世界で「ゾンビ」のような行動をすることで本来の作業や業務を妨害するのは、「キャッシュ」に似ているかもしれません。
 この「ゾンビ」のようなことをロボットがしてしまう可能性を、ロボットの人権を踏まえて議論すべきかもしれません。

参考にした物語



特撮映画

石ノ森章太郎(原作),庵野秀明(監督・脚本),2023,『シン・仮面ライダー』,東映
山崎貴(監督・脚本),2023,『ゴジラマイナスワン』,東宝

小説

明鏡シスイ,『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』,小説家になろう(掲載サイト)
https://ncode.syosetu.com/n9584gd/
2024年9月4日閲覧

小林泰三,2005,『海を見る人』,早川書房(『キャッシュ』)
明鏡シスイ,tef,2021-(未完),『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』,ホビージャパン
アイザック・アシモフ/著,小尾芙佐/訳,2004,『われはロボット』,早川書房

漫画

山田胡瓜,藤村緋二,石ノ森章太郎,庵野秀明,八手三郎,2023-,『真の安らぎはこの世になく-シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE』,集英社

作画/大前貴史,原作/明鏡シスイ,キャラクター原案/tef,2021-(未完),『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』,講談社


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