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外科医の考察…『臨床能力…これ何だ??』

前回、医者の学歴と出世について私見を書かせて頂きました。
その中で、“臨床能力”という単語を使いました。しかし、この臨床能力…考えれば考える程難しい。そもそも“臨床能力が高い医者”と言って、誰を思い浮かべるか…
ブラックジャック?Drコトー?朝田龍太郎?真東輝?…みな、漫画の中の能力の高い医者だと思います。まぁみんな外科医で、その卓越した手術技術を持つ、分かりやすい能力の高い医者です。

医学部学生時代にオスキー(OSCE: Objective Structured Clinical Examination)という試験を受けました。これは、ある疾患の典型的病歴・症状を持った模擬患者を相手に、診察、検査を組み立てていき、診断から治療方針を立てていく試験です。
OSCEは客観的臨床能力試験と訳されていて、医療系大学間共用試験実施評価機構という組織が評価項目をHP上に提示しています。
今見ると、“なるほど学生相手だと、こんな感じだよね”なんて思うけれど、これが医者の臨床能力を測れるかと言ったら…全然違う。

一方で、こんな論文を見つけた。臨床能力とは何か (jst.go.jp)
理学療法士向けの論文ではあるが、著者は、臨床能力は多面的であり、その要素として1.知識、2.情報収集能力、3.総合的判断力、4.技能、5.態度を挙げていました。それぞれの要素を細分化して説明をされており、“確かに!”と思う反面、ここは一緒やんとか、ここは細分化した方が…なんて思う個所もありました。

今日は、一応まだ現役の外科医の私が、“臨床能力”をかみ砕いていこうと思う。


臨床能力とは


前回の記事でも述べさせて頂いたし、上記の論文にも記載がある通り、多面的で種々の要素があると思う。その要素を前回挙げた下記の6つについて考察していく。

手術技術

 これは外科医としては、まず最初に挙げられる。難易度の高い手術を確実にこなし、結果を出せるというのは外科医として憧れるし、最も分かりやすく評価すべき指標の一つだろう。もちろん“外科手術”に限ったものではなく、消化器内科の内視鏡治療や、循環器内科や放射線科のカテーテル治療なども、非常に高度な技術だと思う。

 じゃあ、それで医者として“手術ができるか”というと、Noである。“手術ができる”というのは自身の技術のみならず、助手の使い方や麻酔科、手術看護師とのコミュニケーションも大事になってくる。過去に先輩が言ってたことがある。『ずっと働いている施設で高度な手術ができるのも大事だけど、一流は施設が変わっても自分のパフォーマンスが発揮できる人だよ。』と。

 さらに、医者として大事なのは、患者背景、施設状況を総合的に鑑みて、治療が可能か、そして妥当性があるかを正確に判断できる事だと思う。そこで自身が提案できる治療手段は多い方がやはり優れている。例えば腹部手術ならば開腹か、腹腔鏡か、da Vinci等のロボットか、はたまた内視鏡か、例えば心臓ならば開胸か、MICSと呼ばれる低侵襲手術か、それともカテーテル治療か、種々の治療法を提案し最適解を出していけるのが、やはり肝要だろう。

 じゃあ“手術技術”という要素は、高難易度手技の術者ができる手術技術のみを評価すべきか、それとも手術を行うためのシステム・マネジメント能力や、多くの治療optionから最適解を選択、提案できる能力も含めるか?これはとても難しい。無論、双方を持ち合わせていることが理想だが、やはり惚れ惚れするような手術の手さばきを魅せるものの、助手が場を完全に掌握してコントロールしているなと感じたりすることはある。

診断能力

 その患者に対して、迅速に鑑別診断を挙げて、コンパクトに検査を進め、正確な診断にもっていけるか。そして、その重症度や病勢を正確に把握して、必要な手を打てるかと言ったところ。多くの正確な知識と患者に対する洞察力がその指標になってくる。

 だけれども、実際にはそれだけではないと思う。多くの臨床医が、経験に裏打ちされた直感みたいなものも経験したことがあると思う。『現時点では診断には至れないけど、これは帰しちゃダメなやつだ!』とか、逆もしかり。

病態理解

 上記の診断能力と似ているが、診断という病名をつけることではなく、自然科学として起こっている事象を正確に把握する能力は知識とは違う部分にあると思う…特に集中治療とかだと、あらゆる異常値が出ていて、その点と点でつながるところは線でつなぎ、別の事象は分けて理解をして、必要なアプローチをしていく。教科書的な知識はベースとしても、いわゆる暗記知識ではなく、どれだけ論理として繋がっているか。考察力という単語が一番しっくりくる。

 ただ、その線のつなぎ方は、経験値によるもの部分もあり、また科や施設での考え方みたいなのも影響している気がする。

患者対応

 単に自然科学としての生物種であるホモサピエンスとその疾患を見るならば、不要であるこの項目を挙げたのは、ホモサピエンスだけではなくやはりヒューマンとして臨床に当たる必要はあると考えているから。“接遇”なんていう上っ面のマナーではなく、正確な病状理解を患者と共有させるためには、そもそも自身が十分な病状理解をしている必要があるし、患者によってはその社会背景とかも考慮して治療選択をしなければならない。そして、その話し方や表情は、取って付けた接遇で得たスキルよりも、ある種、もともとの人間性が出る部分だと思う。

病棟管理

 前の項目とも重複するが、患者の状態が手の内に入っていて、それに応じた適切な指示、検査が組み立てられており、スムーズに退院につなげられる状態を作る能力。病状の推移・回復を正確に予想できれば、そのphaseに応じて予め指示や予約が必要な検査を組み立てておくことができ、スマートな管理が可能になり、自分が手術や外来などで動けない日も、治療を滞らせることなく進められる。
 逆に、この能力が不足すると、管理が後手に回りスムーズに事が運ばないだけでなく、最悪急変を起こす事態になりかねない。
 これも経験と知識、考察力に裏打ちされた先見の明と、それを正確に指示するコミュニケーション能力、緻密さが必要な部分だろう。

外来管理

 これも病棟管理同様、病棟管理同様、スムーズ・スマートに進めていく能力。電子カルテのデフォルトでは再診枠は一枠10分であることが多いが、その中でその日に必要な問診、診察を行い、検査予約や必要であれば、病状の説明を行う。再診は前日までに予習して、既に行っている検査結果を確認して、その後の方針、患者に問う内容、診察事項、患者に説明する内容、次回行うべき検査を考えておく。
 初診や救急は、迅速な病状把握を行い、必要な検査を組み立てていく。その中で、例えば血液検査は結果が出るまでに30~60分程度かかるので、そう言った時間も含めて効率よく検査を組み立てたり、特に救急では他の医師やコメディカルを適切に動かすことも、迅速な診断・治療に寄与する。
 予習段階では緻密に、そして外来その場では効率性が求められる。



ざっと、6つほど挙げてみたが、これで必要十分に臨床能力を説明できているか考えると、足りない気もするし、重複しているところもある。ただ、基礎能力として、太字で書いた“手術技術”、“マネジメント能力”、“知識”、“洞察力”、“考察力”、“人間性”、“コミュニケーション能力”、“緻密さ”、“効率性”…この辺りが医者として必要な基礎能力なのかなと思う。


臨床能力が高い医者はいい医者?


 では、そもそも臨床能力が高い医者は、“いい医者”かと言われた時、これも相関はあれど、一致はしない気がする。まず大事なのは突出した何かではなく、いずれの項目も及第点を超えていることが、特に若手のうちは大切だと思う。

 その上で、どの項目を伸ばしていくか、個々の適正、好み、職場環境…種々の要因が絡んでくる。その医師の役職・立場・診療科によって重視すべき能力が大きく変わってくる。同じ立場でも、上司から見て“いい医者”である要素と、後輩から見て“いい医者”である要素、またコメディカルから見て“いい医者”、そして患者から見た“いい医者”は全て異なる。

 では、患者から見た“いい医者”って何か。患者を見下した言い方と思われてしまうが、患者から見た“いい医者”は、患者自身の不安を拭い去ってくれる医者になる。つまり、結果=治るか否かのweightがとても大きい。これは当然で、患者からしてみれば病態生理、疾患プロセスは大きなことではない。病院やスタッフのマネジメントなんてどうでもいい。とにかく治ることが第一なんだから。
 だから、『私、失敗しないので』の人や、なんちゃらペアンなど、現実性に欠ける医者が名医として主役を張ってる。というか、医療ドラマでリアリティがあったら、嫌だ。。。

 やはり書いてみて思ったが、臨床能力、医者の良し悪しというのは、すっきり説明できるものではなくて難しい。けれども、上記に挙げた項目の総数が高い医者は、やはりその点で“任せられる”医者であり、評価されているものだと思う。


 次回は、医者の良し悪しについて、医療者目線、患者目線でもう少し掘り下げてみようと思う。

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