不思議な話
今年の6月23日に11歳の愛犬を亡くした。
見えている全ての景色の中に犬の姿が映り込んでいるのに、存在感を全く感じることができなくなっていた。
世界はこんなに静かだったのかというほど、犬がいるという音が無くなっていることに気がついた。
犬の存在感はその風体もさることながら、音が個性を表す。
走る足音、爪音、呼吸、おもちゃで遊ぶ音、怒ったり泣いたりしてる声、犬は4匹飼ったが、皆違っていて同じ音は一つもなかった。
静けさがもうこの世にはいないという現実を更に強調していた。
寂しさを紛らわすように、家族で犬の荷物の整理をした。
家族は思い出を語ることで悲しみが蘇ってくるのを避けるため、皆無言で淡々とゴミ袋に荷物を詰め込んでいた。
玄関先で一人リードを掴んで呆然としていると、急に妙な明るさで話しかけてくるヤツがいる。
「きっとまた来るよ!」
はぁ?
「だからさっ!きっとまた来るって!」
何?どこから?誰....?
玄関先の信楽焼の狸が話しかけてくる。
はぁ?
なんだこれ?話しかけてくるの?!
「犬だよ!犬!」
いやいやお前だよ...なんなんだ
「だってさ、僕はずっと見てきたんだよ。ここでずっと」
狸の側の玄関先で犬はいつも足を洗い、父は犬と話し込んでいた。
確かに狸は一番それを見ていた。
狸は父が犬を可愛がり、犬とのコミュニケーションを楽しんでいる映像を見せてきた。犬が愛されていたことを狸も知っているようだった。
「だから分かるんだ、また来るって!」
じっと70cmほどの狸の置物を見てみたが、特に動いている様子はない。
普通に玄関先に飾ってある、よくいる信楽焼の狸である。
大丈夫だよ、寂しくないよと言いたいのかな...
表情はいつもの狸顔だが、なんだか笑っているように見えた。
ありがとうね、と言って狸の頭を撫でた。
新しい犬のことはまだ考えられないけど、犬の代わりに狸を撫でて話しかけてみるかな。