第1回 そこに住みながら、わかろうとする
こどもの頃、団地に住んでいた。
学校から帰ったあとに遊ぶ友達はほとんどが「団地のこども」だったし、私にとっての「公園」とは団地のなかに造られた小さな公園だった。夕方、そこにいくとたいてい誰かがいて、いつのまにか見知らぬ子たちとも一緒になって、暗くなるまで遊んでいた。
その後、引っ越して団地住まいからは離れてしまったため、私のなかにある団地のイメージは当時の、いくぶんノスタルジックな光景のままだ。夕暮れの暖かい光のなかで、ふんわりとした繭に包まれているような、そんなイメージ。
けれども近年、「団地」というものに焦点があたる際には、住民の高齢化や建物の老朽化といった「課題」の話が多く、けっして明るいイメージだけで語ることはできない。もちろん、それに対して何ができるのか、多くの人々が知恵を寄せあい、あちこちで新たな取り組みが行われている。日本の団地のありかたは、時代のなかで刻々と変化している。
今回、UR都市機構との取り組みの一環として「団地を調査する」というお話をいただいた際に、それならばぜひ自分たちも実際に団地で暮らしたいと考えた。もちろん自宅から時々通いながら住民をはじめとする方々にインタビューをすることも可能だけれど、少しでもその暮らしに近づくために、自分も同じ空間に身を置いて生活してみたい、そう思った。
住民のみなさんと同じように、私も商店街で買い物をして、4階までの階段を荷物を持ってあがり、他の棟や公園を眺めながらベランダで洗濯物を干し、朝にはゴミを捨てに降りて。自分自身もそんなふうに生活しながら、その土地を、そこに生きる人々のありようを理解しようとするアプローチは、人類学の十八番だ。
とはいえこの団地に暮らす2ヶ月という期間は、人類学的な調査という意味では短期間の部類に入る。アンケート調査からはこぼれ落ちる経験や、フォーマルなインタビューでは露わにならない感情など、人類学的なフィールドワークだからこそ明らかにできることに、この期間内にどこまで接近できるのか。一抹の不安もよぎるが、とはいえ楽しみな気持ちのほうが今は圧倒的に強い。
「団地」とひとくちに言っても、立地環境や歴史的背景などそこには多様性がある。今回私たち—合同会社メッシュワークの人類学者である比嘉と水上—は、首都圏にある2カ所の団地にそれぞれ居住しながら、そこで生じる日々の出来事やちょっとした物事への丁寧なまなざしを通して、昨今の団地のもつ多様性や面白さを描いていきたい。
団地の「課題」について語るよりもまず、そのもっと手前にあること。今の暮らしの手ざわりを、1人の住民として経験し、みなさんと関わり、そこから私たちの社会について考えていく。そんな連載にしていきたいと思っている。(比嘉夏子)
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