人類学とデザインの往復は何をもたらすのか?「複雑さを捉える —感覚で探る人類学的リサーチとデザイン」開催レポート
メッシュワークにて学生アシスタントを務めています、田口響生です。
山梨県甲府市にて、Poietica、山梨県立大学との共催プログラム「複雑さを捉える —感覚で探る人類学的リサーチとデザイン」が、11月2日から4日にかけて開催され、私も同行させていただきました。
人類学的リサーチとデザインとを融合する方法論を、3日間の短期集中で学ぶ実験的・実践的プログラムとなっており、参加者は甲府の街を歩き、五感をフルに使ってフィールドワークしながら、そこで得た知見をプロトタイピングへ応用させていく過程を体験していきました。
参加者の皆様はフィールドで感じたことを精緻に捉える・記録するための手法、起こったことを複雑なまま他者に伝えるための手がかりを学びました。
普段の仕事や生活において、無意識のうちに単純化してしまっていることが実は膨大であること、複雑さ・分からなさを容易に放棄せず、向き合い続けてみることの重要性を認識したプログラムとなりました。
本記事では、プログラムの様子を一部ご紹介いたします。
感覚を開き、記録する手法を学ぶ
参加者はまず、目を閉じて食べ物を味わい、その体験をスケッチや言葉で記録する事前課題に取り組み、その感想を共有しました。他者の記録と比較する中で、自分の焦点の当て方や大切にしている感覚に気づく場面もありました。
続いて、人類学の概要や、フィールドワークの手法などについて比嘉・水上からレクチャーがありました。
水上は、大学院時代にエチオピアでフィールドワークをしていた経験を引用しつつ、身体感覚を意識して記録・記憶を行う方法についても共有を行いました。
「本質的なことをズバリと言語化できなくても大丈夫です。自分の持っている経験とその場で起きていることを比較したり、知っている色や感覚と比較して差異を捉え、その差異の感覚を捉えておけば後から思い出すことができます。」
ワークショップでは、2人1組になって信玄餅を食べる様子をお互いに観察しました。観察するだけでなく観察されるという体験を通して、「観察する視線」が持つ強さ・感覚を体感しました。
甲府の街でフィールドワークを実践
夕方からは、実際に甲府の街に出てフィールドワークを行いました。
原則単独行動のもと、夕食を食べに飲食店に行く体験を中心に、道中の様子も含めながらフィールドノーツを作成していきました。
レクチャー・ワークショップで学んだ感覚の意識の仕方・書き留め方を用いてみると、普段使っているような言語的・規則的な視点では観ることが出来なかったことで街中が溢れていること、翻って極めて狭い範囲のことでしか今まで感知できていなかったことに気づきます。
フィールドワークの感覚をデザインする
フィールドノーツを作成した後、2日目では感覚を他者と共有するためにプロトタイプを作成する時間へ移りました。
参加者は再び街に出て材料を調達し、フィールドノーツを何度も読み返しながら自分の感覚とプロトタイプを合わせていく作業にのめり込んでいきました。
2日目のファシリテーターとなったPoieticaの奥田さんは、「プロトタイプはどれだけ稚拙でも構わないから、手を動かしながら考えること」を強調しました。
とにかく手を動かしてみること、できたものからフィールドに立ち返って作り直してみることが重要であるようです。
フィールドワークでの感覚からプロトタイプをデザインしつつも、プロトタイプを作成する中で、自分が共有したい感覚が翻って捉えられるようになっていきました。
その一方、フィールドワーク中のどの感覚に焦点を置くのかに悩む方、自分がつたえたいこととプロトタイプを通して伝わることの乖離に気づき苦慮される方も多くいらっしゃいました。
感覚を形にする、他者に伝えることの困難さを実感しながら、2日目は終了しました。
自分の感覚を他者に共有する
最終日には、プロトタイプの展示会が行われ、参加者同士がお互いの展示を観覧し合い、体験や質疑応答を行いました。
メッシュワーク・Poieticaの運営陣も展示を周りながら、講評を行いました。フィールドワーク中の感覚を道中の写真とともに足の踏み心地を通して共有したり、お店から渡されたビールの缶を用いるなど、多様な感覚を用いた展示が並びました。
また、フィールドワークの様子を実際に用いるものから、一見フィールドワークとは全く関係がなさそうなものまで、フィールドワークと展示との距離も様々でした。
プロトタイプの一つに、シャケフレークが根元に敷かれているクリスマスツリーを、シャケフレーク上に転がっている五円玉や目薬などで装飾する体験を行うものがありました。
体験を行なっていると、最初はシャケフレークを素手で触ったり、五円玉や目薬などあまり綺麗ではないもので装飾を行う抵抗がありましたが、徐々にツリーが出来上がってくると装飾を行う楽しさや不恰好なことに対する愛着のようなものが沸いてきました。
それはまさに、展示者がフィールドワーク先の飲食店で感じた、店に入った時は心地良いと感じなかった雑多で統一感の無い内装や音楽が、店員のおばあさんの会話や、丁寧に握られたシャケのおにぎりを通して心地良さに変わっていった感覚と重なってきました。
フィールドワークで得た感覚が言葉によって単純化されず、まさに感覚として複雑なまま伝わってくるような体験を、各参加者の皆様の展示から得ることができました。
感覚と向き合い続けること、言語化・分類化ではなくカオスの中にいながら手を動かし続けてみることの可能性を感じました。
こうして、3日間に渡ったプログラムは終了しました。
複雑なものを複雑なまま捉える・伝える
普段の生活の中で複雑な状況の中に遭遇すると、どうしても単純化したり一見些細に感じることを捨象してしまいがちですが、その単純化によって感知できなくなっていることが実は膨大であること、複雑さ・分からなさと向き合い続けてみることの重要性を、本プログラムを通して認識しました。
しかし一方で、自身の感覚と向き合い続けて完成したプロトタイプを通して、参加者の皆様の伝えたいことが普段とは異なる深さ・複雑さで伝わってくる、経験・感覚が目の前に立ち上がってくるような体験をすることができました。
当初から出口を見据え、伝えたいことから逆算していくような作り方ではなく、フィールドでの感覚に繰り返し立ち戻り、伝えたいことは何なのかを問い続けながら制作していく手法であったからこそ、フィールドでの感覚が新鮮で複雑なまま伝えることができたのではないかと思います。
フィールドで起こったこと、感じたことを複雑なままに捉える、そして伝えることに向き合った三日間でした。
人類学的リサーチとデザインの往復を通して、複雑な現実を捉える・伝える試みは続きます。
ご参加いただいた皆様、改めてありがとうございました。