日商簿記範囲外のEX論点【インセンティブ・プラン⑨】~株式交付信託①~
日商簿記3級から1級の範囲外の論点、および範囲内ではあるものの出題率の極めて低い論点を紹介します。
基本的に、公認会計士・税理士等で紹介されるような論点となります。
なお、論点に対しての適用指針等は紹介しません。
今回は、インセンティブ・プランの論点から「株式交付信託(株式給付型)」を紹介します。
※今後、取り扱いが変わる可能性があります。
1.株式交付信託
全体概要
株式交付信託とは、信託のスキームを通じて、従業員等に対して在任中もしくは退任時に自社株を付与する株式報酬制度のことです。
株式交付信託は、付与対象によって、
従業員向け株式交付信託(Employee Stock Ownership Plan、日本版ESOP、J-ESOP)
役員向け株式交付信託(Board Benefit Trust、BBT)
に分けることができ、このうち従業員向け株式交付信託は、株式取得方法によって、
従業員持株型
株式給付型
の2種類に分けることができます。
交付の流れ
株式交付信託は、一般的に下記の流れで手続きを行います。
取締役会・株主総会決議
導入する場合、取締役会及び株主総会の決議が必要となります。
報酬上限等を定めます。株式交付規程の作成
取締役会にて、規程を作成します。金銭の信託
信託契約を締結し、株式取得の資金を信託会社に拠出します。株式取得
信託会社は、株式を市場から、もしくは企業から取得します。剰余金の配当
信託の保有する株式に剰余金の配当を行います。権利行使の指図
信託管理人は、株主としての権利行使を指図します。
ただし、役員向け株式交付信託の場合は、基本的に権利行使しない旨の合意を行うこととなります。ポイントの付与
企業は信託期間中、従業員等の地位・役職、在任期間、業績達成度等に応じて、ポイントを付与します。株式の交付
ポイント数に応じて、株式が従業員等に交付されます。
2.株式交付信託(株式給付型)
概要
従業員向け株式交付信託のうち、株式給付型とは、信託のスキームを通じて、自社株を受け取る権利を付与された従業員等に、株式を交付する制度です。
従業員向け、役員向けで、
従業員向け ⇒ 福利厚生の為
役員向け ⇒ インセンティブ報酬
上記の通り目的が異なります。
ただし、役員向けであっても、(内容にもよりますが)適用すべき会計処理は、「受給権を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する会計処理」に類似しているとされます。
その為、下記に示す仕訳は、それを参考とします。
計算式
ポイントが付与された場合、各期ごとに株式報酬費用として計上する必要があります。
各期に配分される費用計上額の計算式は、以下の通りです。
仕訳
※信託会社側の仕訳は割愛します。
信託拠出時の仕訳
信託の設定時、信託への拠出額で、信託口勘定を計上します。
自己株式処分時の仕訳
自己株式処分差損益は、信託への自己株式処分時に認識します。
決算時の仕訳
株式交付信託が総額法(株式交付信託①の4.余談を参照)を適用できる場合、信託の決算を企業側の決算へ取り込む必要があります。
その際、信託に係る損益は従業員に帰属する為、諸費用等は相殺されます。
なお、この決算時の仕訳は下記の仕訳を省略したものであり、本来行われている処理は以下の通りとなります。
≪総額法の適用≫
≪信託口への振替≫
≪自社株式の振替≫
ポイント付与時の仕訳
ポイントが割り当てられた場合、各期に配分される費用計上額(上記参照)で、株式報酬費用勘定を計上します。
事後的に株価の変動があった場合であっても、引当金の見直しは行われません。
なお、相手勘定は現時点で明確に定められておらず、便宜上株式報酬引当金勘定にて計上しています。
※従業員向け株式交付信託の場合、福利厚生費勘定で計上することもあります。
株式交付時の仕訳
株式が交付された場合は、積み立てた株式報酬引当金を取り崩します。
3.例題
<1>株式交付信託(株式給付型)
以下の資料に基づいて、仕訳を示しなさい。 (単位:円)
会計期間は、4月1日~3月31日とする。
A社は、委託者として、一定の要件を満たした当該企業の役員を受益者、信託銀行を受託者とする信託契約を行うことを決め、株式給付規程を設定した。
なお、A社側は信託の変更をする権限を有している。信託に関する情報は以下の通りであった。
信託への拠出金:480,000円
ポイント付与数:1年当たり60ポイント
株式付与数:1ポイントにつき1株
役務提供期間:X1年7月から2年間A社株式に関する情報は以下の通りであった。
A社株式の帳簿価額:1株当たり@3,500
A社株式の7月時点の時価:1株当たり@4,000X1年7月に、自己株式120株の処分を行う。
信託の配当や信託に関する諸費用は、考慮しない。
また、信託会社の資産および負債は、簡略化の為、A社株式と信託元本のみ考慮するものとする。
①信託の拠出時の仕訳を示しなさい。
②自己株式処分時の仕訳を示しなさい。
③X1年度の決算整理仕訳を示しなさい。
④ポイント割当時(X2年6月)の仕訳を示しなさい。
⑤X2年度の決算整理仕訳を示しなさい。
≪前期末の振り戻し≫
≪当期分の計上≫
⑥ポイント割当時(X3年6月)の仕訳を示しなさい。
⑦株式交付時の仕訳を示しなさい。
4.余談
信託における総額法
総額法とは、信託の資産及び負債を、企業の資産及び負債として貸借対照表に計上し、信託の損益を、企業の損益として損益計算書に計上することです。
この総額法には適用要件があり、
委託者側が、信託の変更をする権限を有している
企業に、信託財産の経済的効果が帰属しないことが明らかである、とは認められない
これら二つの要件をいずれも満たす必要があります。
株式交付信託の総額法の適用
株式交付信託は、上記二つの適用要件をいずれも満たしているといえます。
1.に関して、株式交付信託が目的信託(受益者の定めのない信託)と呼ばれるものに類似している為
2.に関して、企業への労働サービスの提供の対価として、従業員等に自社株式が交付されることを考えると、企業に追加的に労働サービスが提供され、それを企業が消費することにより、経済的効果が企業に帰属する側面もあると考えられる為
そのため、期末時には総額法を適用する必要があります。