⑨転生ゴブリン、食べ物チートで国を作る
第9話 ゴブリンの王
そこは、やたらデカい空間だった。
それは、まるでホールのような巨大な空間だった。
壁には何個もの明かりが灯されていて、洞窟のなかなのに煌々としている。そんな空間の一番奥に、玉座があり王が座っていた。
「──……。──……」
なにかを言っている。
その言葉はわからない。
「すまん。何言ってるか、わからねぇ」
「──……っ!!!」
雰囲気を察したのか、王は怒ったように喚き始めた。
「ん~。とりあえず、コイツを食べて、それから話をしないか?」
そういって、常備している柿のような果物を見せた。
それが気に触ったのだろうか。王の態度はいっそう喚わめいてしまう。その声に応じるように、ゴブリンがわんさか出てきた。
出てきたゴブリンたちは、手に手に武器を持っている。どうやら暴力で歓迎をしてくれるらしい。
分かりやすい! 素敵!
「熱烈な歓迎パーティみたい。ともみん、やっちおうぜっ!」
「ほいさっ!」
王の掛け声と共に、ゴブリンたちが雪崩なだれをうって襲いかかってくる。オレとトモミさんは、互いに背中を預けあい、ゴブリンたちを蹴散らす。
ゴブリンは弱い。
でも、自分よりも強いものを狩ることは、ざらにある。
その強さの原因は数だ。
一匹いっぴきは弱くても、数の暴力で圧殺してくる。死角から組みつき、動きが鈍ったところを袋叩きにされる。どんなに強くても、組付かれて、柔らかい部分を狙われたら、ひとたまりもない。
だからこそ、トモミさんの存在は大きかった。
オレたち2人に、死角はない。
襲いかかるゴブリンを、次々に蹴散らしていく。
「「ラストぉ!」」
全部のゴブリンを殴り付け、大人しくさせた。そこらじゅうに、気絶したゴブリンたちが散らばって、壁の近くは倒れたゴブリンで山ができている。まるで壮絶な飲み会の後のような、死屍累々感だ。
しかし、よくもまぁこんなにいたものだ。感心してしまう。
王を見ると、忌々いまいましげな表情をしていた。じだんだを踏み、何事かを叫ぶ。そうすると、地響きと共に、デカいゴブリンが出てきた。身長はオレの2倍以上ある。ビックリするほど丸々としているが、たぶんデブじゃない。脂肪の鎧と、ムチムチの筋肉。まるで力士だ。
それを見た、トモミさんが言う。
「ボス登場、って感じだね」
「でも、一匹だ」
オレはそう言うと、一人前に進み出た。
「ちょっと一対一タイマン行ってくるっ!」
のこのこ歩いていくと、デカゴブはこん棒のようなものを、振り下ろしてきた。
急いでその場を飛び退いた。さっきまでオレがいた場所は、地面が抉えぐれて、窪みになっている。
──早いし、威力も十分だな。アレ、まともに受けたらリアルぺしゃんこカエルだわ。でも。当たらなければ意味なしっ!
デカゴブが、オレを見る。
狙いを定めて、こん棒を振りかぶる。
余裕をもって避けようとしたその時。
右の足首を掴まれた。
視線を走らせる。
気絶していたはずのゴブリン。
意識が戻りが早かったヤツ。
からだが勝手に動く。
軽くジャンプ。
掴まれている右足を振りきる。
ゴブリンは前へ。
オレは後ろへ。
作用・反作用の力。
目の前。
こん棒。
地面の炸裂音。
風圧と石礫いしつぶて。
吹き飛ぶ。
ゴブリンの山に突っ込む。
「──っ痛ぁ」
ゴブリンの山から這い出すと、すぐにこん棒が目に入った。
避ける。
ゴブリンたちの山は、開けるのを失敗したお菓子袋のように爆発した。
体勢をたてなおす。
気絶させたゴブリンたちの何匹かが起き上がっていた。
一撃必殺デカゴブ & 足止めゴブリン
「第2ラウンドですか、そうですか」
起き上がったゴブリンたちが、次々襲ってくる。
有名人に集まってくるファンみたいだ。それか、クロロ団長に群がる観客。
やっばい。テンション上がってきた。
避けて、かわして、殴り飛ばして、走って、飛んで。
襲いかかるゴブリンたちと、容赦なく振り下ろされるこん棒とを、必死に避け続ける。ってか、終わりがあるのか、コレ?
気絶から覚めたゴブリンは次々襲ってくるし。デカゴブは相変わらず、他のゴブリン関係なく攻撃してくる。その攻撃にまだ鈍にぶりはみえない。
コレ、詰みっぽくない?
──そうかな。そうかも。
そんな一瞬の、脳内一人遊びが仇になった。
死角からゴブリンに飛び付かれ、組みつかれてしまう。
引き剥がすのと同時に、組みつかれる。切りがない。
そんな最中、デカゴブと目があった。勝ちを確信した目だ。
ちょっとヤバイ。
ゴブリンを必死に引き剥がす。
デカゴブがこん棒を振り上げる。
もうちょっと。もうちょっとで振り払える。
その希望は、ゴブリンの波に押し流された。
まるでボールプールだ。
もがけばもがくほど引きずり込まれる。
手を伸ばし這い上がろうとする。
2度、3度。オレの手は空を切った。
手がゴブリンたちに飲まれていく。
誰かが、オレの手を掴んでくれた。
オレを、ゴブリンの海から引き上げてくれる。
そこにいたのは、兄君だった。
視線で、感謝を伝える。
兄君が小さく頷いたようにみえた。
そして、オレを突き飛ばした。
ゴブリンの山の頂いただきから、ゆっくり落ちていくのが分かった。
兄君の顔。
その後ろに、巨大なこん棒。
その後ろに、デカゴブリン。
緑の風が走っていく。
オレは、その風に叫んだ。
「顎の先!」
「あいさっ!」トモミさんは答えてくれた。
トモミさんの渾身の一撃。
デカゴブの顎の先へと綺麗に決まり、デカゴブの顔は90度回転して、真横になった。
制御を失ったこん棒は、兄君から逸れて横の地面を叩いた。
それから、暴れ牛のように、壁や地面にぶつかり、止まった。
──兄君は助かった。
地面に着地して、それから兄君を見上げた。
「サンキュー。マジ助かった」
「ア、ウ」
兄君はなにか言おうとして、でも言葉にならなくて。
結局、笑った。
オレが兄君にそうしているように、兄君は笑った。
オレも笑顔で返して、それからデカゴブの方を見た。
小山のようなその巨体の上に、ヒロインが腰に手を当てて立っている。
「どやっ!」
「ともみん。大好き!」
「ヒデの大好きは、年中受付中ですっ!」
さて。
これで全部片付けた。
もう敵も出てこないようだし。
それではやっと、王との謁見に参りますか。
玉座を見ると、さっきのこん棒のせいで壁の一部が崩れて、その岩の下敷きになっていた。岩の間からは、王の上半身が見える。
苦しそうに、忌々いまいましそうに。
痛みに喘あえいでいる。
それでも、オレに向かって、憎悪の表情を向け続けていた。
「ともみん、兄君、お願いがあるんだ」
オレは2人の顔を見て、言った。
「あいつを、助けたい」