8時間電車の旅

電車が好き。
乗る方。詳しいとかそういうのではないけど、移動手段として単純に好き。

窓の外を眺めるのが好き。新幹線では速すぎる。鈍行がいい。何駅も何駅も越えて、いろんな景色の中を走り抜ける。山も川も海も越える。トンネルもいくつも越える。
こんなに長距離を移動できるなんて、なんだか自分がすごい人のような気持ちになる。ただ座ってボーっとしてるだけなのに。

小さい頃。おばあちゃん家に行くのに、お母さんと妹たちとみんなで出かけたことを思い出す。お母さんとの電車旅。お父さんがいるともっぱら車移動になるので、いつもと違うというだけでわくわくした。駅の名前をメモしたり、窓側の席を順番に交代したり、トンネルの数を数えたり。途中、お菓子を買いに電車を降りたお母さんが、ちゃんと停車中に戻って来れるのかすごく心配で怖くなったりした。改札を出る時、駅員さんに頼んで切符を持ち帰らせて貰ったりもした。旅の勲章のようで大切だった。

大学生の頃。電車通学だった私は、大学へも、大学の近くに住んでいた彼の元へも、電車に乗って出かけた。定期が切れた夏休みも会いたくて、何回も何回も、片道950円もする電車代を払って会いに行った。駅には彼が自転車で迎えに来てくれる。帰り際は別れが惜しくて、何本も電車を見送った。帰りの電車の中で泣いたこともよくあった。帰りが遅くなり親に心配された時は、居眠りして乗り過ごしてしまったんだとよく嘘をついた。初めてのデートの水族館へも、電車で行った。帰りの電車の中で初めて手を繋いだ。

思い出していたら涙が溢れてきてしまった。お昼間の琵琶湖線で泣いている。空いているから誰にも気づかれないだろう。幸せなのに涙が出るのはなんでなんだろう。

昔のことを思い出してなぜか悲しくなるのは、もう過ぎ去って、失ってしまったような気持ちになっているのかも知れない。何も無くなってないのに。ずっとずっとこうして思い出せるから。これから先にも、きっとたくさんの楽しい思い出候補が待ってるから。大丈夫。自分に言い聞かせる。

何回目かの終点、乗り換え。この旅でいちばん好きな区間に差しかかる。田んぼの中を走る。青空に白い雲、遠くに光る山、あぜみち、用水路、彼岸花、一瞬で近づいて遠ざかる蝉の声、白鷺。写真に撮っても映えない、写真には映りきらない景色。伝わらない。この感覚は何にも変えられない。

やっとあと5駅。駅には大好きな人が車で迎えに来てくれる。ほんの少し前から、ひとりでいることの寂しさを感じ始めていた。誰かと一緒に電車に乗りたい気もするけど、8時間なんて誰も付き合ってくれない。ひとりでもいいか。ひまな私の、私だけの贅沢な時間。

8時間分の距離と景色を脳と心に取り込んで、なにかの経験値がたくさん貯まった感覚で満たされる。達成感。

次はどこへ行こう。

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