【ショートショート】ベンチ
人々が眠りにつく深夜、街の喧騒は薄れ、静けさが辺りを包み込む。そんな夜更けに、一組の若い恋人たちが手を繋いで歩いていた。
彼らは公園のベンチに腰掛け、星空を見上げていた。
「ここに来るの、久しぶりだね。」彩花が微笑む。彼女の瞳には星明りが映り込み、まるで宇宙の片隅を覗いているようだった。
「そうだな。あの頃とは、いろんなことが変わったけど。」優斗は手を握り返し、そっと彼女の肩に腕を回した。
「あの頃のこと、覚えてる?」彩花の声は風に乗って、穏やかに響いた。
「ああ、もちろん覚えてるさ。」優斗は笑顔で答えた。「初めてここに来たのは、高校の帰り道だったな。君が突然『星を見に行こう』って言ったんだ。」
「そうだったね。あの時の星空、忘れられないな。」
「まさかあの時、君が星占いにハマっていて、星の位置をチェックしに行くって思わなかったよ。」
「うん、あれは本当に楽しかったね。あと、君の反応も面白かった。」彩花はクスクスと笑った。
「オレが『あれはオリオン座だ!』って自信満々に言って、実は飛行機だった時な。」
二人はしばらくの間、言葉を交わさずに星を見ていた。時間が止まったかのように、ただ静寂が流れていく。
「優斗、私たちの関係って、これからどうなるんだろう。」突然、彩花がつぶやいた。
「どうなるかって?」優斗は彼女の顔を見つめた。
「ううん、なんでもない。今はただ、この瞬間を大切にしたいの。」
「確かに。未来のことを考え過ぎて、今を楽しめないなんて損だからな。」
優斗は頷き、彼女の手を強く握りしめた。「でも、君の料理の腕前だけは未来で上達しててほしいかな。」
「何それ!?」彩花は笑いながら軽く優斗の肩を叩いた。「それなら、君も掃除の腕を上げなさいよ。」
「了解、先生。」優斗は敬礼の仕草をして見せた。
その時、流れ星が一つ、夜空を横切った。
「見た?流れ星!」彩花が興奮気味に叫ぶ。
「ああ、見たよ。願い事をするんだ。」優斗も微笑む。
「何を願うの?」彩花が尋ねる。
「君とずっと一緒にいられること。」優斗は真剣な表情で答えた。
「私も同じことを願ったよ。」彩花は照れくさそうに微笑んだ。
「あと、君の料理がもう少しおいしくなることも願っといた。」
「それ、まだ言うの!?もう、優斗ったら!」
その夜、二人の心には、ささやかな奇跡が起きていた。
流れ星のように、儚くも美しい瞬間が、永遠に心に刻まれたのだった。