資産除去債務に関わる会計処理
1. 資産除去債務とは何か?
資産除去債務は聞きなれない会計用語かも知れない。
賃貸物件の原状回復費用がわかりやすい例である。
(前提条件)
賃貸ビルに本社が入居しているとしよう。元々賃貸時にはスケルトンだったが、役員室・応接室・会議室など間仕切りをして、個別の空調設備なども会社として設置工事をして使用している。工事費は固定資産として計上し、毎期減価償却をしている。
会社の業績も良いので土地を買い、自社ビルを新築し3年後に移転することを取締役会で決議した。
(必要な会計処理)
固定資産の残存価額があれば、3年で均等に償却しなければならない。
更に、賃貸契約上、退去の際にはスケルトン化が義務付けられているので、この費用を見積もって、3年間で費用計上しなければならない。このスケルトン化の費用が資産除去債務である。
資産除去債務を計上するのは、第一条件として資産を除去する義務があること、第二条件として原状回復費用が合理的に算定できることである。
上述の賃貸ビル契約解消の場合は、これに該当するが、新しいビルに急に移転する場合や、貸主の都合で移転を求められてスケルトン費用が免除されるケースも多く、ビルの移転で資産除去債務を計上することはあまり多くはないかもしれない。
代表的なもう一つの例は、原子力発電所の解体費用である。これについて今の日本で論じるのはタブーかもしれないが、あえて次に考察してみよう。
2.原子力発電所に関わる資産除去債務
電力会社における会計処理は、公益企業としての規制を受けており、一般的な会計基準のほかに、電気事業会計規則にも則って処理されるので、実際に行われる会計処理はこれから論じることとは異なることをまずは承知願いたい。
会計処理の結果、業績が悪化すれば、電力料金の値上げとなり、国民生活に直結するので、費用を長期に渡って繰り延べるような会計処理も行われる。これは政策的にやむを得ないのであろう。
さて、福島の原子力発電所に関わる資産除去債務について考えてみよう。
第一条件は資産を除去する義務があるかどうかである。
過去の原子力発電所の事故で大きなものは、米国のスリーマイル島原発事故と旧ソ連(現在はウクライナ)のチェルノブイリ原発の事故である。
スリーマイルでは長年に渡って資産除去が実施されているようであり、チェルノブイリでは除去せずに石棺化してしのいでおり更にドームで覆う予定のようである。
福島は資産を除去する方向で進んでいるので、第一条件である資産除去の義務が発生している。放置することは世論が許さない環境である。
次に第二条件である資産除去額が合理的に算定できるかだが、時間と膨大な費用が掛かることは容易に想定できるが、燃料デブリの取り出しだけでも相当の困難を極めており、除去費用の合理的な算定は事実上難しい。第二条件が満たしていないので資産除去債務は算定できないということである。確実となった都度債務を計上するのが現実的である。
それで良いのか。会計処理というのはできるだけ実態に近い処理をすべきだが、算定できないものは、リスク情報として注記するしか手はないと思う。
福島以外の原子力発電所も資産除去債務のリスクはあるかもしれない。
使用済みの燃料は各発電所の使用済燃料プールに保管されているが、最終的にはどう処分するのか決まっていない。したがって、第一条件も第二条件も満たさないので、資産除去債務は計上していないはずである。
もうこの辺りまで来ると会計処理の問題ではなく、政策の問題であり、コメントは控える。
原発反対論者はこういう話を聞きつけると、だから原発はだめですぐ廃止すべきだなどというかもしれないが、廃止したら現実にも会計上も問題はもっと大きくなるのは自明なのだ。
また、自然エネルギーといわれる太陽光発電や風力発電も同様である。太陽光発電はパネル寿命はせいぜい20年くらいだから、いずれ除去しなければならない、合理的な見積もりは可能なのだが資産除去債務は計上されているのだろうか。そのまま放置されないだろうか。そちらの方がむしろ心配ではなかろうか。環境破壊や感電の危険性などを考慮すると、放置された太陽発電所がすでに社会問題化している。
2. 資産除去の義務がなく困るケース
鉄道ファンの中には、廃線路を楽しむジャンルがある。都会の市電の廃線跡はきれいに撤去されて道路などに活用されるが、地方の線路は廃線後放置されるケースが多い。中にはレールもそのままのケースもある。鉄道橋もしかりである。観光名所として活用されている場所もあり、問題ないのであろう。そもそも鉄道会社に資産除去を義務付けたら、採算が取れないだろう。
国立公園内にある建物は、法律上資産除去の義務がある。会社の保養所などが許可を受けて設置されているケースがあるが、保養所閉鎖の際には撤去してかつ原状復旧で植林などをしなければならない。私が長年通っていたスキー場の保養所が廃止となり、数年後、夏の旅行の際にどうなったかなと見に行ったら跡形もなく、自然が戻っていて、保養所がどこの場所にあったのかすら不明となっていた。自分としては寂しい気はしたが国立公園を守るためには良いことである。
随分と昔の事例になるが、1972年に開催された札幌冬季オリンピックでは世界基準に合う滑降コースが確保できず、国立公園内の支笏湖付近の恵庭岳の山の斜面を切り開いて、オリンピックだけのための滑降コースを作った。オリンピック終了後は、きれいに除去して、植林も実施した。50年以上もたった今でも、植林した木の高さが周りより低いのでまだコース跡が見られるらしい。興味のある方は、恵庭岳・滑降コースで検索をどうぞ。
少し余談を話し過ぎました。恐縮です。
さて問題なのは国立公園以外の除去義務が定かでない施設である。
鬼怒川温泉の廃業したホテルの残骸はひどいものである。全国の観光地に行けば、廃業したが除去していないホテル・旅館が多数ある。経営悪化で倒産したのだから除去費用がないのは判るが困ったものである。
廃業したスキー場、ゴルフ場なども同様である。
工場跡、鉱山跡なども端島(通称軍艦島)のように世界遺産に登録され観光地になっているものは問題ないが、倒産して放置された工場跡、土壌汚染土地なども存在するだろう。
新しい豊洲市場の土地は東京ガスの工場跡地で土壌汚染があったので売らずにいたのに、それを承知で東京都が買って建設を始めたが、後で色々と騒ぐ人が出て一時話題になった。土壌汚染もどこまで現状復旧するのか難しい問題である。
資産除去の会計基準があっても実態としては機能できないケースも多い。政策側がしっかりしてこの基準を生かしてほしいものだ。
3.資産除去債務基準を活用する手法
業績の良い会社の経理部長には資産除去債務基準は大いに活用の効果がある。
工場・倉庫など老朽化して建て直すことが会社で意思決定できれば、建て替え時期に合わせて、残存価額を加速償却でき、また除去費用を見積って分割計上できる。いずれ出る費用の前倒し計上であり、監査法人も問題視しない。老朽化しているとはいえ。途中でリフォームなどしているので残存価額が大きい場合もある。除去費用も最近は廃棄物の適切な処理が求めらるので、結構かかるものである。
業績が一時的に良くなった時期に、建て直しの提案と意思決定を求めれば社内稟議も通りやすいし、経営トップからも評価されるだろう。
今は少なくなったが、社宅や保養所を保有する場合も同じである。5年後、6年後か廃止時期は分からない状況なら、自ら廃止時期を決めて、早めに処理すべきである。
予期せぬ特別利益が計上される期がチャンスである。経理部長の能力が発揮できる場である。
もしも業績が急に悪化して倒産でもしたら、社宅や保養所は廃墟のままで放置されるだろう。社会のためにも優良な業績の間に経理部長はこの資産除去債務基準を活用すべきである。