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企業買収に関わるのれん減損の会計処理
1. 企業買収時に発生する「のれん」の減損とは何か?
買収には2種類ある。
一つは業績の悪い会社を救済、立て直して、自社の企業価値を高めるための買収である。
被買収会社の業績は毎期赤字で社員の士気も低下して、倒産寸前である。しかしながら、技術力、社員のポテンシャルなどを生かせば自社なら十分に業績回復が可能であると判断し買収する。この場合には、被買収会社の会計上の帳簿上の純資産が例えば100億円であったとしても買収価額は10億円ですむ。何故なら。毎期10億円以上の赤字であれば帳簿上の純資産はいずれなくなるからである。現実的にも倒産寸前の会社は買いたたかれるものである。
このケースの買収では将来発生する赤字リスクを十分に織り込んでいるのでうまく立て直せれば利益が出て買収会社の企業価値は高まることになる。
会計上は負ののれんとなり、先の数値例なら90億円を毎期分割して利益計上するか、買収年度に一挙に計上する手法などがあるが、将来発生する赤字を相殺する仕組みなので、大けがをすることはまずないだろう。
日本電産など経営力に自信のある会社はこの種の買収で業績を上げている。
インターネットで、《日本電産 買収》で検索すると解説記事がたくさんあるから参照されたい。
資金繰り倒産をした会社を次々と再生させて成功させる再建の神様といわれるカリスマ経営者と言われる人がいる。すぐれた人格や経営手腕があることは否定しないが、安価に固定資産、人材を手に入れていることも要因だと思う。
二つ目の買収は、現在の業績は悪いが将来性が大いにあると思われている会社の買収である。被買収会社の業績は毎期赤字だが、新しい分野にチャレンジしている会社で社員の士気も高い。将来予測をすると売り上げも利益も数年後には急拡大すると市場からも評価されている会社の買収である。
被買収会社の会計上の帳簿上の純資産が10億円であったとしても買収価額は100億円である。何故なら、将来大幅な黒字が期待できるからである。現実の買収例では、純資産額10億円会社を1,000億円、5,000億円で買収するケースも多くある。新分野の市場が急拡大すると期待されるので、被買収会社の売り上げが指数曲線のように上昇するので将来利益を適正な利子率で割引き計算をしても1,000億円や5,000億円という買収価額が正当化される。将来大化けするに違いないと市場(投資銀行のアナリストなど)が評価して、大企業が買収合戦をして価額が吊り上がるケースが結果として多い。
買収価額が吊り上がると、アドバイザーとして付いている投資銀行の専門家
がいとも簡単に指数曲線のカーブをいじって、買収価値の根拠資料を修正してくれるので、一応買収は正当化できる。
この二つ目の買収は、当然リスクが大きい。予定通りには将来利益が出ないケースが多い。
純資産額10億円の会社を5000億円で買うと、4990億円がのれんとして計上される。毎期一定金額を償却費用として計上するか、将来価値が減少したときに減損するかの会計処理があるが。いずれにしても将来買収した会社で4990億円以上の利益が出ないと、企業買収に関わる減損の処理となる。買収時に指数曲線的に予測しているとまずその実現は困難であろう。
巨額減損の実例は国内外ともに多数ある。東芝の海外原子力子会社(7000億円)、日本郵政の海外物流会社(4000億円)、ソニーの海外映画会社(1000億円)などが巨大減損例である。だいぶ前にはなるが、NTTも海外子会社で1兆円を超える減損処理を実施している。
買収時に無理な将来予測をしたのか、予測の前提となる市場環境が激変したのかは定かではないが、結果として過大な予測になってしまったから減損せざるを得なかったということである。
大型のM&Aが続く限り、今後も同様の事象は発生するだろう。
2. のれんの会計処理の課題
のれんの会計処理には課題が多々ある。
負ののれんの方は、巨額に計上されることは稀であるし、実態としても会社経営を揺るがすことはないと考えるので、(正の)のれんの会計処理の課題について以降考察したい。
さて企業会計には近年時価会計が導入されてきたが、いったい時価とは何か。
企業がグループ会社ではない上場会社の株式を保有している場合には、その株式は上場市場の株価で評価して計上する。株価は当然毎期末時点で変動するので、評価替えすることになる。但し、小幅な変動額はBS上だけで処理し、損益計算書には反映させないので、毎期の株価変動が当期の利益に影響することはない。ただし、BSの純資産額には影響する。「その他有価証券評価差額金」とかいう項目で載っているところです。
保有する株式の時価(株価)が取得時の3割を超えて低下すると評価替え額を損益計算書上にも反映させ、当期利益の減で目立つ処理となる。
上場株式の時価は株価であるということだが、株価は日々変動する。現実の企業の時価が日々変動しているわけではなく短期的には株式の売買の需給関係で変動しているに過ぎない。だから小幅な変動は損益計算書に反映させずに、大きな変動は反映させるという処理は合理的ではある。
時価会計というのは元々課題山積であるが、付き合っていくしか方法はあり
ません。昔の取得原価主義の財務諸表よりは投資家にとってはベターです。
のれんの会計処理の難しさは買収した会社の時価測定に尽きる。仮に買収した会社が上場会社で株価という一つの尺度があったとしても、買収子会社は非上場となり株価は消える。非上場会社であれば元々株価はなく、将来予測による価値算定や類似企業の株価比較法などの手法しかない。
買収価額は時価のはず?だから、買収時に用いた手法で、買収後も価値を測定し続けることが必要である。
結果は早ければ2,3年後に出てくる。買収した会社の業績と買収時の計画値との差異分析が必要である。差異は出るのが当たり前だが、実績値が計画を業績悪化方向にぶれたら説明が必要となる。企業経営上も差異分析は必要なのだが、会計上も必要でそれを監査法人に説明しなければならないのである。
実績が大きく下回った場合はどうなるか、下回った原因を合理的に説明できない場合には減損処理の検討が求められる。元々指数曲線的に予測して算定している場合には、発射地点?である買収2,3年の業績が下回ると買収価額の正当性すなわちBS上ののれんの金額の正当性にはかなりの疑義が発生する。
会社としては巨額の減損処理は出したくないし、まだ2、3年だからリカバリーは十分できると考えて以下のような説明をする。
買収直後で一過性の業績悪化に過ぎない。
他の事業部(子会社)とのシナジー効果がこれからどんどん出てくる。
買収時に優秀な社員が退職したので、他事業部からエースを送り込んで強
化したばかりである。
などなど。
監査法人はこの説明を一応受け入れるが、会社側に「2,3年の実績を基に将来予測による算定をして監査資料として提出してください」と要求するのが通例である。もちろん代表取締役社長の署名付きのものである。
会社側は大変である。経理部と企画部あたりの事務方が数値を算定し直すが、これが中々難しい。買収時には投資銀行などのアドバイザーの協力を得ているので、この際も協力を求めて何とか資料を作成する。
この過程で事務方の社員は「こりゃいずれ減損だなあ」と心の中ではつぶやくが決して口にはしない。
代表取締役社長の署名付きの新しい将来予測値が出ると、監査法人は計算チェックはするが、武士の情け?で、「それではもう少し様子を見ましょう。これからは毎年提出願います」と言ってその年度の監査は無事終了する。
それ以降は、減損するまで、あるいは順風が吹いて業績が急上昇するまでは針のむしろである。当然だが監査法人の方も気が気でないのは同様である。相当に無理のある将来予測値を毎年受領している自分たちにも責任の一端があると判っている。
買収後の責任者が正確に積み上げて予測した時価で買収していれば、減損処理の可能性は小さくなるし、むしろ上回るであろう。それは責任者だと具体的かつ保守的に見積もるからである。
しかし、保守的な見積もりでは、新分野の将来有望だという会社の買収競争には負けてしまう。
だから今後も大企業の巨額減損処理は続くのである。
なお、ニュースにならない小規模な減損処理なら毎期上場企業の決算で多数見受けれる。経理部長や監査法人の悩みの種は毎期尽きないのである。
3.のれんの減損処理に抵抗する経営者
~経理部長はどう立ち回ればよいのか?~
買収に関わるのれんの減損に対処しなければならない経理部長はどのように動けば良いのだろうか。表には出てこないが皆相当の苦労をしていると思う。表に出てくる事象では減損処理が遅れすぎて、粉飾決算となり経理部長もその責任を問われるケースが多い。
減損に対しては、経営トップは抵抗する。
まだ買収したばかりではないか。
立て直しの案を作成して早急にもって来なさい。
こんな巨額の減損を計上したら株主総会でトップの責任を問われる。
経理部長は監査法人を説得できないのか。
何なら監査法人には私が説明しても良い。
など。
あとから振り返ると、買収後2,3年で減損すべき事象をずるずると引っ張って10年も放置するとまず粉飾決算に近くなる。経理部も監査法人もひやひやだろう。今年減損したら、なぜ去年減損しなかったのか問われる、困ったなあと先送り続けると10年も経過し泥沼である。
会計処理の責任者たる経理部長はどう立ち回れば良いのか。
経理部長は役員あるいは役員手前の生え抜き社員のケースが多い。経営トップから睨まれたら昇進の道は閉ざされる。たとえ経理部長が身を挺して正面から経営トップを説得しようとしても無理であろう。
「減損しないと監査法人が納得しない。監査所見で不適切と記述され、株主総会で問題になる。減損よりも監査証明が出ない方が経営トップにとっては致命的である。減損処理は単なる会計処理で、買収した子会社は今立て直し中だ。現実にはこの損は取り戻せる。減損処理は適切だが、保守的なもで、経営の実態としてはまだ大丈夫だと思っていると説明すれば乗り切れる」
とかなんとか言って、
社内の有力幹部を根回しした上で、会議に減損処理の案を付議するわけである。自分の昇進が心配なら、まず人事部長にきちんと説明しておけば良い。有力幹部の根回しが終われば、社内出身の監査役、社外監査役の順に平行説明も必要である。
もちろん事前に監査法人と充分に意識を合わせ、一体となる動き方をすることが大事である。経理部長が減損したいと言えば、監査法人はバックアップしてくれる。「何とか減損を先送りできないかと監査法人に頼んだができない」と却下されたというストーリーも事前了解してもらう必要がある。
さもないと、経営トップ自身が監査法人とのミーティングの場で「何とかならないか」とお願いし、監査法人が「あと1年待ちましょう」と言ったらアウトである。経理部長もそして監査法人側も踏ん張りどころである。。
会社のため、経営トップのために踏ん張るのである。先送りして粉飾まで進行すれば、経営トップにもう将来はない。減損なら経営責任は問われるが、粉飾決算では将来はないし、逮捕されるかも知れない。粉飾決算は経営トップが悪いと言われるが、私は頑張らない経理部長と彼をサポートしない監査法人が悪いと思う。「経営トップまで含めて意見を合わせてから、相談して
くださいよ」なんて言う監査法人の先生が稀にいるのも事実である。
先生、貴方も監査法人も最後は一番困るのですよ。経理部長をサポートして
経営トップも含めて会社を説得してください。
経理部長、安心してください。たとえ担当の先生がサポートしてくれなくとも、監査法人にはサポートしてくれる部署があります。経理部長と監査法人
が一体で動けば減損処理を始め、粉飾決算は起こりえないものです。
長年の実務経験に基づく私の考えです。
4.過大な金額での買収を経理部長は止められるか
これは無理であろう。誰も減損を出すために買収するわけではない。その時は行けると判断しているのだから、経理部長程度がリスクが大きいからやめましょうといっても聞いてもらえない。
経理部長ができるのは、万一の場合に備えて、買収資金は増資で対処しましょうと提言することである。つなぎ資金は良いが、買収資金を全額借入金で対処するのは巨額減損の際には会社に致命的な影響を与える。全額あるいは一部を増資で賄えば資本は毀損するが債務超過にはならない。
手痛い代償ではあるが、再建可能である。また、株主総会で買収のための増資が承認されていれば、経営トップの責任論もやや緩和されるかも知れない。万一の時に経営トップを守るためですと言えば増資の社内根回しは可能だろう。
買収時に経理部長ができるのはこれくらいだが、大事な仕事なのである。
皆がイケイケの時に冷静な逃げ道を作っておく地味な仕事だが、評価され
て、役員になれる確率も高まる。上場会社なら見ている幹部はいるに違いないと私は思う。
5. 積極的に減損処理を行う手法も有る
買収した会社ののれんの価額が買収会社の毎期の利益に比較して小さい場合には積極的に減損処理をする手法もありうる。減損を計上したくないという処理は困難だが、買収会社の業績が良い時期、例えば投資有価証券の売却益を計上した期に、業績の芳しくない買収子会社に関わるのれんを減損する手法はある。
将来予測値を保守的に見積もれば、減損の根拠資料はできるし、早めに減損する場合は監査法人も承認しやすい。当該子会社や担当役員は、何で減損するんだと怒るかもしれないが、単なる会計処理で将来のリスクも減るでしょと説明すれば協力して保守的な見積もりを出してくれるだろう。
のれんは将来出るはずの利益の塊なのだから、いつかは必ず償却するか、減損するの2択なのです。早めに消しておけば、将来の楽しみが増えるとも言えます。
毎期、小規模の減損を計上している企業にはこういう経理部長があまり悩まないケースも多いかも知れません。