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自己資本比率・内部留保という言葉の生む誤解
1.自己資本比率という用語の問題点
自己資本比率とは何か。
自己資本とは、株主資本に「その他包括的利益累計額」を加えたものをいうなどといった記述も見受けられるが、決算短信にも有価証券報告書の財務諸表にも自己資本という記述はないと思う。しかしながら、株主資本とは言わずに自己資本という記述が解説本などに多い。
自己資本が潤沢、自己資本と他人資本、自己資本比率の高い会社は優良な会社、自己資本比率が危険水域などなどオンパレードである。自己資本比率で検索した方が、株主資本比率で検索した方より解説記事が多い。
言葉の問題だから気にしなくて良いではないかと思う人もいるが、私の経験からすると、この自己資本比率を誤解している経営者がいるのが困るのである。
借入金などの他人資本は返さなくてはならないが、自己資本は会社の金だから返さなくても良いなどと誤解する経営者が存在する。
株主資本は株主の持ち分であり資本金だけではなく利益剰余金も株主の金である。これは議論の余地がない。上場していない100%オーナー会社なら、株主資本も自分の金だが、上場会社では株主資本は他人である株主の金であり株主への債務である。
こんな自明なことが実感できない経営者がまだいるから問題なのである。
会社はだれのものか。これは色々議論があるだろう。経営者、社員、退職した社員、顧客、仕入先など株主以外にも会社を支える人は居て、一口に会社が誰のものかとは言いにくい。
しかし、財務諸表上の株主資本は株主のものである。自己資本という言葉は誤解を招く。最近実施されている自社株買いという言葉も誤解してはいけない。英語では単にBuy stocks とか buyback share repurchase などという。株主の持ち分である株式を時価で払い戻しているに過ぎない。
上場会社の経理部長や経営トップに誤解はないと思うが、役員や部長クラスが関連の非上場の社長になるととんでもないことを言い出す可能性がある。
(これについては後で実例を紹介する)
2.内部留保という用語の問題点
内部留保という言葉もよく使われていて誤解されている。
インターネットで内部留保を検索すると以下のような記述が散見される。
・利益から社外流出分を除くことで、社内に残る利益。
・内部留保は会計でいうところの利益剰余金に該当
・大企業の内部留保に課税するべきであるという政治家の主張
・内部留保を取り崩して社員の給与に充当。
・内部留保は現預金と誤解している人。
などなど。
困ったものである。正式の財務諸表には内部留保という用語はおそらくないだろう。
一般的には、利益剰余金を内部留保と言っているケースが多いのではないだろうか。会計実務を知らない人は、利益剰余金という預金なり基金が存在すると誤解するのだろう。退職引当金はどこに預金があるのかとかつて私に質問した経営幹部がいたが、同じようなことだ。
預金はBS上の資産側に計上されている。退職引当金も利益剰余金も負債・資本側に計上されていて均衡している。資本側というと先に指摘した誤解をする人もいるが、株主資本は実質的には株主への負債である。内部留保が利益剰余金のことであればそれは株主の持ち分であり株主への負債である。これは自明のことである。
先の記述を正しく言えば。
・利益から配当などで株主に返さず株主持ち分として保留している利益
・内部留保は会計でいうところの利益剰余金であり株主の持ち分
・大企業の一度法人税を払って貯めてきた株主持ち分に課税すべきである
という政治家の理不尽な主張
・株主の持ち分から社員に給与を払えと言ってもそりゃ無理
・内部留保は株主への負債で、最後は預金から払い戻し
というのが正解だと私は思う。
この内部留保という言葉の誤解は、会計学者や監査法人や企業会計の実務者がしっかりと反論しない、あるいは反論が聞いてもらえないために今でも残っていると思う。
自己資本(比率)という言葉の誤解とよく似ている。
内部留保を取り崩して、〇〇料金を下げろ、という国会での某政党の主張をもう40年以上聞いてきた。某政党も判っていて主張していると思う。みんな誤解しているから受けるのである。何とかならないものか。
40年以上前の若かりし時に私が作成した国会用の想定問答は以下のとおりである。
「内部留保は、既に設備投資などで使われて、固定資産となっておりますので、料金値下げの原資としては使用できないのでご理解願います。」
まあ、これじゃあ会計を勉強して複式簿記がわかっていないと何を言ってるのかわかんないか。
さて以上の論は貴方の独自の考え方でしょ、本当なのかとご心配の向きへ、次の記述を引用しておきます。私の現役時代の愛読書からです、ぜひ熟読してみたらいかがでしょうか。この書物は米国では大学のテキストとしてよく使われているようです。
軽率な者に対する一言
企業が資金繰りに困った場合には、いつでも株主資本に手をつけれ
ばいいという提案ほど、財務に関するまともな議論(もしそんなものが
あればの話だが)を台無しにするものはない。株主資本は貸借対照表の
負債側にあるのであって、資産側にあるのではない。株主資本は現在
の資産に対する株主の請求権をあらわしているだけであり、言い換え
れば、お金はすでに使われてしまっているのである。
『ファイナンシャル・マネジメント改訂3版―企業財務の理論と実践』
ロバート・C・ヒギンズ著 グロービス経営大学院訳
ダイヤモンド社 11ページより引用
最新の原書は
Analysis for Financial Management (The Mcgraw-hill in Finance
, Insurance, and Real Estate) thirteenth edition
私は日本版の初版(1994年頃)を読み、原書もFifth editionを徹底的に読み込みました。簿記や会計基準書の勉強も大事ですが、この本の知識は必須です。特に経理部長(財務も含む)や財務部長(経理も含む)を目指す方には役に立ちますよ。
3.(非上場会社の)社長がとんでもないことを言い出した実例
先に、
上場会社の経理部長や経営トップに誤解はないと思うが、役員や部長クラスが関連の非上場の社長になるととんでもないことを言い出す可能性がある。
と書いた。その実例を述べたい。
ある上場A社の役員が、資本関係はないが、仕入れ取引の多い非上場B社の社長に就任した。まあわが日本的慣行ではよくあるケースである。
その会社は長年A社から安定的に受注を受けており、社風も堅実で毎期利益をコツコツと積み上げてきている。請負工事会社なので自社ビル以外の固定資産を保有していない。
したがって、株主資本(負債側)の利益剰余金は相当額に上っている。しかも、資産側にはほぼそれに見合った現預金額が計上されている。B社が上場会社ならいわゆる物言う株主に最も狙われやすい状態である。
上場C社はB社に20%出資しており、私はC社の役員でB社の非常勤役員も兼務していた。
事件はB社の社長が就任して1年後に社長室の隣にある立派な応接室で起こった。
当日は取締役会開催日で、いつものように、社外役員の私は社長と歓談していたが、
こんな会話が勃発した。
社長「いやあ、この会社は良い会社で、過去の先輩が頑張ってくれたおかげ
で内部留保がたっぷりある。現預金もたくさんあるから楽なんだが、
これではいけないと思ってます。このお金を有効に活用することも考
えないとだめで、どかに出資するか、社会貢献も良いし、社員にも報
いたいものです。」
私 「社長、内部留保というのは利益剰余金のことですよね。それは、過去
の先輩や社員が稼いできたのは事実ですが、今は株主持ち分と言っ
て、株主のものなんですよ。利益剰余金の2割、現預金の方も2割は
株主であるC社のものです。C社の了解なしには使えない金でよ。」
(ああ、年長の人に向かって言い過ぎた。でも今更謝罪はおかしい
な、と心でつぶやく)
社長「・・・・・・・????……」
その場の空気を読んだB社副社長が、すかさず話題を変えて、その場は収まった。
B社の社長は大人げない発言をした私を今でも怒っているかもしれない。
さて、その数年後、紆余曲折はあったが、B社に適当な投資先は見つかず、B社は株式の大半を自社株買いし、利益剰余金のほぼ2割はC社に払い戻れ、C社は単独決算では大幅な特別利益を計上した。
B社の社長が悪いのではない。多くの非上場の経営トップが誤解していると思う。但し、取引先や株主に上場会社がいると長年の剰余金を吸い上げられるケースも出てくる。そうしないと上場会社は自分の株主から責められるのだからやむを得ない。
おそらく社員も誤解していて、なぜ自分たちのお金をC社に渡すんだと思っていたことだろう。あの経理屋の社外役員の野郎と恨まれていると思う。
経理部長は嫌われる役目も引き受けなければ仕方ないです。
なお、本筋は変えていませんが、細部は脚色しています。
利益剰余金は株主のもの、非上場会社でも変わりないということの実例です。
4.株主還元策としての自社株買い
配当と自社株買いは株主還元策の代表と言われている。
これまでの考察の流れからすると、出資したお金で儲けた当期利益から配当すること、株主持ち分を払い戻すことは、株主から見ると至極当然のことである。
自社株買いもその後の「消却」や「金庫株」「ストックオプション」など色々な用語が出てくるが、要は株主持ち分の払い戻しが本質である。
自社株買いの多くは成熟し剰余金の多い企業で実施されている。どんどん成長してる企業が設備投資などに増加した株主資本をつぎこんでも物言う株主も問題視することは少ないだろう。
無借金で剰余金を貯めこんで、新たな成長機会を見つけられない、また見つけたと思っても結果が減損ばかりでは、株主は今まで儲けたお金を引き上げようとするという単純な図式である。
また金庫株から役員や従業員にストックオプションを与えるというのは、株主の気持ちになって会社を運営してくださいということです。
私もCFO時代はストックオプションなどで自分の会社の株式を保有したが、保有株式が増えてくると、自ずと経営に株主の視点が入ってくるのを感じたものである。最近はうまい仕組みになっています。
自社株買いは、手続きなどは総務部などが行う仕事ですが、経理部長にとっても大事な仕事ですよ。株式会社制度下では根幹の取引です。