監査の役割(内部統制について)その4
(会社の屋台骨を揺るがすような粉飾決算)
粉飾決算の代表例は、海外の企業では少し古いがエンロン・ワールドコムなどであろうか。
エンロン事件では、世界5大監査法人であったアーサー・アンダーセンが解散に追い込まれた。
日本企業では、東芝、ライブドア、オリンパス、カネボウといったところだろうか。カネボウ事件ではその後みすず監査法人が解散に追い込まれた。前身は大手監査法人の中央監査法人であり、霞が関ビルに本部を構えていた。私は現役の頃、会計処理の相談で何度も霞が関ビルに通ったものである。私の知る先生方は皆立派な方々であったのでお気の毒にと感じたことを思い出す。
会社の屋台骨を揺るがすような粉飾決算は、大手監査法人の屋台骨をも揺るがすのである。
なぜ大きな粉飾決算が起きるのだろうか。私は幸いにしてその実体験がないので正直本当の実態は分からない。
『監査の役割(内部統制について)その1からその3』で述べてきたように、金額の小さい不正経理を見聞きしたり、自ら防いできた経験はある。また、『企業買収に関わるのれん減損の会計処理』で述べたように早めの減損処理に取り組んできた経験もある。
想像の域を出ないが、やはり、会社の屋台骨を揺るがすような粉飾決算は小さな一歩を踏み外したところから始まって大きくなるのではと思う。
投資有価証券やのれん、不良在庫などの減損は、その端緒に芽を摘んでおけば、傷は浅く済む。これを1年だけ、もう1年だけと先送りすると、監査人も巻き込まれ共犯者のようになってしまう。こうなると破綻するまで止めようがなくなる。
それでは、最初の1歩をどう踏み外さないでおくか。
私の持論は経理部長がしっかりすることである。あるいは監査法人の先生が断固として撥ねつけることである。
経営トップが、何とかならないのかというのは日常茶飯事である。別に不正経理をしろとは言っていないのである。変に忖度して、言うことを聞いていると何でもできるのかと思ってしまう。普段から経理部長がそれはできませんと言えることが大事である。監査法人がうんと言いませんという消極的な答弁でも構わない。小さな不正経理から止めておけば大きな粉飾決算は起こらないのではないか。
極めて稀ではあるが、監査法人の先生が経営者ディスカッションの場で、社長のご機嫌を取って了解するようなケースがある。そんなレアケースでは監査法人の通報窓口にご注進すれば良い。監査法人全体が不正経理に加担するようなことは絶対にない。
経理部長が監査法人とタッグを組めば、必ず監査役会も味方してくれる。上場会社であるかぎり、こうなるとどんな社長でも諦めざるを得ない。
今は、内部統制の環境は整っています。あとは誰が先頭で引っ張るかだが、私の経験では監査法人の先生や監査役は、基本的には受け身です、大きな粉飾決算のケースでは経理部長が一番内容を知っているのですから、貴方が止めるきっかけを作るのです。最初は受け身でも、途中から監査法人の先生も監査役も積極的に関与してくれるのは間違いないです。
この原稿を書いている最中に、『キャノン、1651億円減損』という記事が飛び込んできました。
あの東芝から買収したメディカル事業に関わるのれんの減損です。2025年1月30日付けのキャノンの報道発表資料によれば、
『地政学的リスクによるビジネスの縮小や中国の景気低迷、日本国内における医療機関の経営状況悪化などのビジネス環境の変化をふまえ、より保守的な販売予測に基づき将来計画を見直した」との記述があります。
私が注目すべきは、『より保守的な販売予測に基づき』という表現です。あえてコメントはしませんが、キャノンの24年12月末の連結貸借対照表にはまだ9152億円の『のれん』残高があります。今後も関係者はご苦労があることでしょうが、適切な会計処理をされることでしょう。
私はキャノンの株主ではありませんが、机の上にはCanonのスキャナーが置いてあります。持病があるので毎年CT、MRIの撮影も受けています。ユーザとしてキャノンには健闘してほしいものです。
(拙稿『企業買収に関わるのれん減損の会計処理』も併せてぜひお読みください)
(非上場会社における粉飾決算と倒産)
先ほど述べたように、上場会社での大きな粉飾決算の実経験はないが、非上場会社の粉飾決算については、多少なりとも見聞きしたことがある。その経験が参考になるかもしれないので書いておく。
まず、財務の健全な会社の粉飾決算の事例である。業務を委託している非上場の会社を垂直的統合のため吸収合併した際の事例である。合併の際にはデューデリジェンスといって、対象となる企業の実態や財務諸表の正確さなどを必ず調査・分析する手続きが伴う。時間がないので、専門の会社に委託して実施したデューデリジェンスの結果報告書を見て唖然とした。毎期末に会計伝票を操作して決算値を調整しているらしい。確かに毎期きれいに一定額の利益を計上しているなあと思ったが、操作していたのか。
早速、当該会社の経理部長を呼んで問い詰めると。
経理部長 「御社の受託業務が大半の会社ですから、利益を出しすぎると価
格が下げられるので、利益を一定にしていました。社長からの
厳命でした。調整のやり方は簡単で目標利益まで到達したら、
残りの売上伝票や仕入伝票は翌期に回していました。社長は会
計伝票で調整していたことは一切ご存じありません。」
私 「個人事務所の公認会計士が監査してますよね、何も言われなか
ったのですか。」
経理部長 「あのお方は社長のお知り合いで、監査と言っても実は名ばかり
で・・・・。私を信用されていたので先生が悪いのではありま
せん。」
非上場会社ではこういう単純な粉飾決算も時には起こるのである。
むしろ財務を悪く見せかける粉飾だったので、吸収合併は予定通り遂行し。経理部長は合併後は経理業務から外れ、第一線の営業マンになった。経理部の他の社員にはコンプライアンスの再教育を徹底した。
この話には後日談がある。
「利益を一定にしろ」と言ったとされる社長はその後、私の居る合併会社の取締役に就任した。既に高齢だったので、実質無任所だったが、ある日私の決算説明が終わった後、彼はこう言った。
「この会社の決算値は目標値と比較してよくぶれるね。経理部の腕が悪い
ね。君も良く勉強しなさい。」
私は、むっとしたが、反論しても何の益もないのでじっと堪えていた。彼はとっくに鬼籍に入っているが、本当に決算調整については知らなかったのだと思う。知っていたら止めていたかもしれない。忖度はいけないことだ。
次に紹介するのは、倒産した非上場企業における粉飾決算である。
私の経験では、倒産した会社は大抵、粉飾決算をしている。架空売上(売掛金)、不良在庫の放置、受注未成工事・未成業務支出金などの水増し、投資有価証券の減損未計上などなどである。こういうケースでは、粉飾決算していなければもっと早く倒産していたはずである。
いつか良い受注が来て改善すると期待して、ずるずる粉飾を続け、最後には、資金ショートし倒産する。銀行借入金、取引先の仕入れ債務もある日突然踏み倒しである。帳簿上はセーフだが実は数年前から債務超過だったというケースが多い。
あの会社は粉飾をしているという噂が聞こえてきて、取引も少しあったので、財務諸表を見せてもらったことがある。同業の他社のそれと見比べて吟味したが判らなかった。しいていえば、受注未成工事が多いかなとは思ったが、財務諸表だけでは普通見破るのは無理である。
倒産した時、関係者に話を聞くと10数年に渡って少しずつ積み上げてきた粉飾決算だったようだ。当然経理部長は承知である。途中、銀行からの紹介で着任した元銀行マンの経理部長もいたようだが、当人は仕方なく粉飾業務の引継ぎを受け入れたらしい。銀行も騙されるわけだ。
社長個人が連帯保証人になっていたことも悪い方に働く場合もある。銀行は安心しているが、強い順風がいつか吹くことを信じて会社は限界まで突き進み、結局社長個人は自己破産に追い込まれる。
社員はうすうす気づいているので粛々と転職することになるが、経理系の社員はトラウマを抱えざるを得ない。
悲劇である。非上場会社は監視の眼が緩いので、不正経理が長く続きやすい。不正経理で直接倒産するわけではないが、社長も経理部長も承知で不正経理をしている会社に順風が急に吹くことはまずないのである。
非上場会社の実例を挙げればまだまだあるが、話が暗くなるのでこの辺で終わりとしたい。
(内部統制部門、監査部・考査部・内部統制室などはどう動けば良いのか)
以降は別稿とします。