コールドムーンは単純な色

契約の条件は秘密を守ること。なのでたぶん、本当はここにも書いちゃいけない。でもこれくらいなら許してくれるかな、戒めと誓いのためにピアスを増やしました。

私の飼い主は繊細なひと、怖いくらい頭の良いひと。10歳くらい年上、だと思う。年齢は知らない、名前も本名じゃないと思う。みんなは彼のことを先生と呼ぶので、私も便宜上「先生」と呼んでいる。

「契約みたいですね」と言われたので「悪魔と契約したと思ってくださいね」と返した。全然好きじゃなかったはずのハスキーボイス。抱きしめられると柑橘系の匂いがした。こんなに大人っぽい匂いだったっけ。

小説を書くひとだから美しい文章で話す。とある学問の専門家だから適当なことは言わない。優しすぎるから私のことを突き放したりしない。「えらいひと」だから誰にも、誰にも、誰にもこのことは言っちゃいけない。少なくとも数年は。

0か100かしかないのわかってたから100を選んだ。私が、選んだ。「出会うか出会わないかだったんですよ、わたし達の場合」と電話越しに聞いて、それで、選んだ。不倫でも浮気でも法外なことでもない、けどあまりにも彼が優秀で、あまりにも社会が私の可能性とやらを買いかぶり過ぎている。まぁいいや、一緒に苦しもうね。

なんだか災厄が降りかかってきたような書き方になってしまった。いえいえ、私の哲学が扱う幸せはこういう形をしているのです。必死に苦しむのは気持ちいいよね。同じ種類の苦しみを共有して、ふたりが融け合ってできる形の、その輪郭を確かめましょう。

今夜はコールドムーンらしい。「月が綺麗ですね」なんてつまらないことを言わないところも好きだ。私たちとは関係なく遠くひかる惑星。今夜もどうか安らかに。


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