『海獣の子供』越しに

森羅万象生きとし生けるものが混じって交わって、ひとつになっていた

本当に美しくて、文字でもダメで、絵よりも質量を持って、作品の世界を菊していた この作品の魅力を映像が引き出せるだけ引き出していたと思う

夏が来て、生命が爆発する もちろん命に季節は関係ないけれど、やっぱり夏が与えてよこす触感の確かさは格別で、早く夏になって生きていることを、そしていつか死ぬことを思い出したいと思った

今までは、命というのはひとつひとつが全く異なるつくりをしていると思っていた(なので私は異文化コミュニケーションという言葉が嫌いです まるで文化が異なることが人と人との決定的な隔たりであるかのような表現なので 同じ母から生まれてもそれぞれは完全に異なります)

だけどひとつになった命はどこまでもフラットで、永遠だった。もっと濃淡があって、温度を感じられる表現がされそうなのに。おそらくいのちは元々は同じもので、なのに生きている間は別々に切り取られているということかもしれない。

離人症がひどかった頃はこういうのきちんとわかってたのにな、体と魂がくっついていると曖昧なことしかわからない。あんなに見えて、感じられていたのに。

言葉がものすごい勢いで溢れてしまって、思考する側から取りこぼしてしまう、せめて片鱗だけでもネットに刻みたい。人間なのが悔しい 結局言葉にしないと伝えられない。

魂は常時宇宙を巡っていて、カラダといううつわを持ち実体として存在するのはほんの刹那でしかないのだと思う 死ぬことは本質的には還ることなので、あくまで「生」から見た「死」でしかないから、恐れるものじゃない 

 私たちに死が(もしくは生が)向かってくるのではなく、私たちがそれらをなぞり、巡っていくというただそれだけなのかもしれない 




目に見えるものも見えないものも、すべて絶え間なく動いている。 だから交わることができるんだね

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