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12星座との出会い。(4)
「れ、レグルス。さすがにもうそろそろ試食は終わりだよ……」
「ええ? まだあっちの方食べてないわよ」
「で……でも、もう無くなっちゃう」
紫の髪を飾りつけた少女は、人形を抱えながら困ったように獅子座の少女の服を弱々しく引っ張る。それでも、橙の彼女が止まるわけがなかった。
獅子の尾を揺らす少女ーー獅子座のレグルスはうお座のアルレシャを引きずるようにしながら前へ、前へお構いなしに進み続ける。
その進行方向を遮ったのは、蠍座のシャウラその人だった。
小さい影ふたつは、立ちはだかるシャウラを前に一回止まるが、レグルスの方は一層気にしない素振りで「私そっちに行きたいのよ」とシャウラの背後を指す。
「いや、ダメだけど。準備戻りなさいよ」
「まだいいでしょう? みんなやってくれてるじゃない」
「それはそうだけど」
「そもそもシャウラもずっと本を読んでたじゃない」
「それもそう」
シャウラがちらりと背後に視線をやれば、様子を伺っていた他面々が彼女に小声で何かと声援を向けていた。
明らかに諦めムードに入っている彼女へまだ行けると言うのは若干無謀な気もしてはいるが、他面々は助け舟を出す気はないらしい。
横から飛び出して行こうとするレグルスの体を軽く抱き留めたシャウラは「とにかく駄目」とため息混じりに繰り返す。
「手伝わないと後で美味しいお菓子食べれないわよ」
「今食べられてるもの! 離して!」
「もっと美味しいのがあとでくるのに?」
レグルスの足が止まった。上がった視線は明らかに爛々としており、期待に胸を膨らませている。シャウラはそのまま少し視線を逸らしながら、ぽつぽつと言い聞かせるように
「……季節のフルーツタルト」
「……、」
「虹色マカロン」
「……、」
「特別仕様パーティーパフェ」
「アル! こんなところでのんびりしちゃいけないわ! 早く準備してパフェを食べるわよ! パフェ!」
「え、えええええ……!? わかったけれど、ええ……??」
意気込むレグルスに引き摺られ、ずるずるとその場を後にするアルを見送った蠍座のシャウラは、やるべきことはやったと言わんばかりに踵を返そうとする。
そんな服の裾を掴んだのは、青髪の少女だった。
三つ編みを揺らすシャウラより背丈の低い少女。レースがあしらわれた黒いワンピースを揺らした彼女は、女子にしては珍しいハスキートーンでシャウラに問いかける。
「シャウラは準備しないの?」
「私の役目は終わったもの」
「終わってないよ。シェラタンのやり残しとか、ナシラの手が届いていないところとか、たくさんある。猫の手も借りたいとはこのことってくらいね」
「猫の手と同等ってこと?」
「猫の手は癒しだけれど、シャウラはちゃんと仕事の手としてカウントするよ」
少女はシャウラの指に己の手を絡めると微笑んだ。その笑い方がどこか男性的に見えたのは気のせいだろうか。少女ーー水瓶座のサダル・メリクは「だから君も行こう」と手を引っ張る。
「準備に人数は必要だからさ」
それに特に抵抗も見せず、ため息と共にシャウラも手伝いに加わっていく。
そうして気づけば13名で始まった準備は、賑やかさを一段と増していった。私は床に転がったままだったが、立ち上がってそちらへ寄れば、ふたご座のふたりに抱えられ、仲間に加えられる。
時間は穏やかにすぎ、なし崩し的に始まったパーティーは夜通し続いた。朝焼けが昇る頃には眠りについている面々もいたが、唯一最後まで起きていた山羊座のナシラがぼんやりと陽光と、一緒になって寝ている面々を眺めていたのを覚えている。
湖は穏やかに照らされていて、彼女らの元から飛び出した花弁が青に彩を添えている。
青と黒が混在するこの世界で、それは確かな春の兆しだった。
12星座の娘から離れた私は、気づけばノヴァ・タラッタの手からも離れていた。
彼女の置き手紙曰く、タラッタの娘でやることができたとのことだ。
そうして私は通信機を抱え、ゆったりと旅を始めることにした。
私なりの記録を飛ばすつもりだったが、どうやら、あの新月の娘が、この世界の共通周波数に通信機を合わせてしまったらしい。
後日すれ違った際に聞けば、私のいないところでも巻き起こる話を、どうか知ってほしいと言うとことなのだそうだ。
それならばと特に止めることはなかった。
これは、青い星へ届けるもうひとつの宙の話。
私がいない場で生きる話も平等に。
メーデー、メーデー、聞こえていますか?
どうか、あなたの目に届くよう。