【ショートショート】おでんのつゆ20円 お気軽にどうぞ
小さい老婆が、弱々しく声を掛けてきた。
「おでんのつゆを、売ってくださいませんか」
「・・・え?」
真冬の深夜2時半。ふと見上げたバックヤードのカメラに映る老婆。最初は幽霊かと思った。ビビりつつ、レジに出て声を掛ける。高齢のホームレスのようだ。
「つゆを、売ってください」
老婆は右手を差し出す。一瞬身構えたが、彼女の手には10円玉が2枚。
「すこしでいいので、おねがいします」
彼女の指先は氷のように冷たかったが、10円玉は温かった。コンビニの灯りが見えるまで、無くすまいと握りしめてきたのだろう。
男性ホームレスにトイレットペーパーを盗まれたのが半年前。以来、オーナーからはホームレスにトイレを貸すな、店にも入れるなと厳命されていた。
「おでんは、つゆだけでは売ってないんです」
「そうですか」
「僕が、80円で大根を買います。その20円、僕に下さい。それで、大根の4分の1サイズを、お渡しします。それにつゆもつけます」
「そうですか。ありがとうございます」
老婆は深々とお辞儀をした。
カップに大根ひとかけら。その上にたっぷりつゆを注ぐ。ずっと寒空にいたせいだろう。老婆の手が小刻みに震えていた。僕は横から手を添えた。
「ああ・・・あったまります。ありがとう」
老婆の目に、光が灯った。
「お世話になりました。ありがとうございました」
老婆は深々とお辞儀をして、店を去ろうとする。
「外は寒いし、朝までここで休んでください」
「そんな、申し訳ないです」
「いいんですよ。オーナーが来る6時が限度ですけど」
バックヤードに座って、老婆の話を聞いた。若くして夫を亡くし、ホテルで40年働いて息子を育てた。息子夫婦に気遣い、自ら養護施設に入った。そこでいじめに遭い、飛び出した。以来ホームレス。息子に迷惑かけるから戻れない。
この日に限ってオーナーが30分早く店に来てしまい、老婆は追われるように店を後にした。僕はトイレに駆け込み、警察に電話した。老婆の名前を聞き出せていたのだ。齋藤すゑさん。まだ店の近くにいる。保護してください。
急いで電話を切って、オーナーの元へ駆け寄る。事情を説明するも、僕はこっぴどく叱られた。
それから1年。朝方、菓子折りを持った中年夫婦が店にやってきた。暫くして、話を聞いていたオーナーから手招きされた。
「以前この店で深夜におでんのつゆを頼んだ女性を覚えていますか」
「あ・・・はい」
「うちの母だったんです。あの時はお世話になりました」
すゑさんは無事息子夫婦の元に戻った。捜索届を出していたらしい。すゑさんは残念ながら2ヶ月ほど前に亡くなったそうだが、半年ほど息子さん夫婦と共に暮らし、最後は本来の明るさを取り戻せたとのことだった。
それからさらに1年。僕は大学を卒業して就職した。帰宅がてら、ふと久々にコンビニに寄った。そこで、赤提灯に照らされている1枚の張り紙を見つけた。
おでんのつゆ 20円
お気軽にどうぞ
(1195文字)
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激熱の冬ピリカグランプリ。
あかりをテーマにした小説、書いてみたぜ٩(๑•̀ω•́๑)۶
まだ間に合うみたいよ~!
貴方も貴女も是非( ●´ސު`●)