校正ミスを減らすには
校正は、原稿の誤りを見つける作業だ。見落としがあると、完成品の書籍にミスが残ってしまう。読者から指摘が来ることも多々ある。これではお金を出して買ってくれた読者に申し訳ない。可能な限りミスを減らすにはどうすればよいだろう。
まず、プロセスを整理してみよう。校正では、文字そのものが適切か、ファクトが正しいか(正しい事実や適切な出典に基づいているか)、内容に矛盾がないか、この3つを見つけ出す。人間の脳はマルチタスクができないため、3つの作業を同時並行すると必ずミスが出る。したがって、それぞれを別のプロセスで行う必要がある。具体的には、文字を「見る」、「調べる」、「読む」プロセスを分ける。すなわち、「文字だけを追って見る」のと、「調べものをする」のと、「筋を追って内容を読む」作業の3つを行う。ふつうの読書のように内容を把握しようとして読んでいると、どうしても文字のミスを見落としてしまう。逆に、文字だけを追いかけていては、文章のロジックをきちんと追うことができない。ファクトチェックなどは「気づく箇所もあるけれど、気づかない箇所のほうが多い」となりがちだ。これを解決するには、別工程に分けて作業することだ。
次は経験を積む。どんな人がどんな仕事をやっても、10年間続ければそれなりにはできるようになる。経験値が蓄積されるのがその理由だが、校正の経験値とは「これまでの間違いを集めたデータベース」である。「衛生」と「衛星」、「窺う」と「伺う」といった間違いやすい例が脳内データベースに溜まってくると、そうした語を見た瞬間に注意が働くようになる。自分の脳内にあるデータを一度Excelなどにアウトプットしてみると、記憶が整理され、定着するのでさらによい。
だが、正しいプロセスを踏んで経験値を上げるだけでは限界が来る。それ以上ミスが減らなくなるのだ。そこで視点を変えて、「見る」環境を考えてみる。まずは作業環境。PC画面ではどうしても見落としが残りがちなので、紙に印刷して目で読むのがよい。紙は画面よりも解像度も高いし、視角も広くなるためミスを拾いやすい。原稿は必ず印刷して紙で見る、と決めておくのがよい。さらに、紙の文字を読んで間違いを発見するためには、照度の高いデスクライトや書見台があるとなおよい。見落としが減って効率が向上するし、身体も楽だ。しかし紙には文字列の検索ができないという短所がある。用語や表現を統一するときは、PCを使って検索していくのが簡単でミスがない。校正のポイントのひとつに、自分の目と機械の目、両方の長所を使い分けることが挙げられる。紙を見るときに注意すべき別の項目として、画数の多い漢字や、「ブ」と「プ」などが見分けづらいということがある。こんなときはPC画面で文字拡大するのもよいが、拡大鏡があれば紙上で見られる。このように、作業環境を物理的に整えておくのはとても重要だ。
さて、「見る」環境といえば、身体で見る機能を受け持つのは目である。校正は目を酷使する作業だ。したがって、眼球運動や目の周りの筋肉をほぐすケアを覚えておくとよい。目そのもののためにもよいし、その場限りだが視力もアップする。こめかみを指先で数回ぐいっと押す、これだけでも、一時的によく見えるようになる。視力や目の状態に合ったメガネやコンタクトレンズを使うことは、もちろん大前提だ。
「見る」機能の次は、心理的な機能を考えてみよう。心理面で校正に必要なことは注意力である。これに異を唱える人はいないだろう。そして、注意力を高めればミスは減るように思える。しかし、そもそも「注意力」とは何だろうか。心理学では、「注意力」とは、脳の認知機能をある部分に集めて、他の範囲への認知をその分薄めることをいう。つまり、注意力を高めるというのは、太陽光を凸レンズで集めて発火させるように、「その一点」だけに集中することである。逆にいうと、その一点以外は疎かになる。これは覚えておく必要のあるポイントだ。なぜなら、校正でよくあるケースは、一か所間違いを見つけて赤を入れたはいいが、そのすぐ近くにある間違いを見落としてしまうというミス。注意力についての脳の働きを知れば、これが「一点集中」により起きたミスだとわかる。原因がわかれば予防もできる。集中した範囲の周辺を見るプロセスを別にとることだ。赤を入れたら、もう一度その周りだけを読む。こうすれば、かなりの部分「周辺の間違い」を拾える。
目、心理ときたら次は脳の話だ。ものを生み出す営み、たとえば執筆においては、一気にのめり込んで集中力が続く限り書いていくのが最高であるとされている。長時間没入できればそれにこしたことはない。だが、ノンクリエイティブな作業である校正はそうではない。ひとさまが生み出したものを読むのは、緻密でミスが許されない作業だ。常に同じテンションで長時間進めていく必要がある。淡々と、粛々と、冷静な姿勢をもって、どんなときでも文字に「同じ気持ち」、「同じ姿勢」で向き合う。そのために大事なのは、自分のパフォーマンスを常に自分で把握しておくことである。いつも「もうひとりの自分」が「作業している自分」を俯瞰している。そして、パフォーマンスが落ちてきたら、たとえば目が文字の上を滑り始めたと思ったら、そこで作業を中断させる。回復するまで再開してはならない。その方法はいくつかあるが、よい休憩をとることが一番だ。そのためには運動が最適である。自分は、エアロバイクを10分こいだり、ラジオ体操をしたりする。切羽詰まっているときはほんの数分間だけ目を閉じる。頭頂にある百会、手の甲にある合谷といったツボを指で押したり揉んだりすると、もっとよい。校正によく使われるフリクションという消せるボールペンがあるが、この消しゴム部分はツボをグリグリするのにもってこいだ。
最後に、校正という作業には向き不向きがある。間違い探しというのは、細かいことが苦手な人にとってはストレスでしかない。また、人の文章ならばできるが、自分の文章を自分で読んで間違いを探していくのはできないという人もいる。そんな人がどこかに発表する文章を書く時、いやブログやSNSでちょっと長い文章を書く時には、友人に読んでもらえばよい。友人同士でお互いに読み合い、誤字・脱字や内容の矛盾を指摘する。そのプロセスを経た文章は、格段に質の高いものに仕上がっているのは間違いない。
画像は、3年前の4月に行った日光の龍王峡。このハイキングはきつかったが眺めが素晴らしかった。そしてこの流れ。急流を流れていく水音しか聞こえないのだ。仕事中、集中力が切れてきた時のとっておきの策に「圧倒的な迫力を持つ画像や音楽で脳内ノイズを押し流す」というのがある。この画像は効果抜群だ。