見出し画像

「お声がけください」ではなく

 いつから皆がこの言葉を使うようになったのだろう。「声をかけてください」に代わって、15年ほど前から特にオフィスで聞くようになった。ちょっと話があるとき、相手に向けて「(仕事のきりのいいときに)お声がけください」と言ったり、何かに誘うとき「~さんにお声がけしましょう」と言ったりする。
 なぜこんなに広まったのか。敬語として簡単だからだろう。「(ご都合のよいときに)声をかけてください」「(~さんに)声をかけましょう」には、「声」のあとに「を」という助詞が必要だ。だが、「お」をつけて敬語として扱えば「お声がけ」のあとに「ください」をつけるだけである。
 だが、わたしは「お声がけください」が嫌いで自分では使わない。「が」と「だ」、2つ濁音があって響きがきれいでないのがその理由だ。「声をかけてください」の方が美しい。子ども時代に楽器や古典音楽を習っていたので、知らず知らず「美しい」響きを求めているのもあるかもしれない。
 石黒圭『大人のための言い換え力』に、「私たちは言葉選びが面倒になり、その手間を惜しむようになると」というくだりがある。ここでは「やる」「行う」という動詞がほかの動詞の代用として使われることを指しているのだが、助詞になると、代用どころか削除してしまっている。わたし自身も、話し言葉では「公園行く」(「に」の欠落)、「買い物する(「を」の欠落)」と言っている。だが、書き言葉には「てにをは」を入れる。書くことを仕事にしている者として当然だ。だから、「お声がけください」を頻繁に聞いた場所が、言葉を商う会社内だったことはとても残念である。響きの美しさを措いても、「お声がけください」に比べて「声をかけてください」の方が、「を」が入るから丁寧な感じもする。だが、言葉を商売とする別の会社に行っても、聞こえるのは「お声がけください」ばかり。「声をかけてください」を使う人が少数派になってしまったのが残念でならない。

いいなと思ったら応援しよう!