大崎清夏『目をあけてごらん、離陸するから』感想
思い出した、本って宝物のように読むものだって。もう何十年間も、本って、消費したり、消化しようとしたり、生活の糧にしたり、栄養にしたりしてきたし、そういうものだと思ってきていた。
そうじゃないんだよね。本書で、本を大事に読むことを思い出した。
詩人の書く比喩はこんな風だ。
飴細工を捻っては切り捻っては切りするような子どもたちの声
季節の変わりめ、 外気はパン種のようにこねられ、伸ばされ、折りたたまれる。
その濃い色の、つよいお酒は、言葉の葉っぱをたくさん集めて、見つめて蒸留したような、ふしぎな植物の味がした。
こういうのを素敵って言うんだよね、と思い出した。
本書には「ハバナ日記」も収録されている。こんな感じ。
エイッと買ってしまう。ゴールドのレトロなやつ。カシオの腕時計が好きだ。このゴールドのは、アクセサリーをつけているようなうれしさもあるし、時間のことだけに集中して仕事をしてくれるので、まじめな友達といるみたいに安心な気持ちになる。
カフェで小さいコーヒーをくっと一杯、テキーラショットみたいに立ち飲み
さくさくした、実務処理能力に長けた、有能そうな人
こんな風に、この旅行記ではイマドキ女子のかるいおしゃべり口調といった文体がずっと続く。わたしはほんらい、口語体の文章は好きではない。けれども詩人の旅行記はかるく、たのしく、「いいなぁこういう旅行も」と頷きながら読んでしまった。大きな理由が、「てにをは」等の助詞を省略していないことにある。カジュアルな文体というと、目的語の「を」を省略したり話し言葉そのままを書くことだと思っている人もいるが、そういうことではないのだ。
話がそれた。「ハバナ日記」もよいが、わたしが一番好きなのは最初の「ヘミングウェイたち」だ。
冬はケーキ作りに使うお酒のように街にじゅっと染み込んで
冒頭でもう虜になった。そして
手足の指先が痺れ、頭痛のしてくるほどの怒りがあなたの全身を浸す――ブランデーがスポンジ生地にぎゅっと染みこむときのように。
えっ、この詩人はなぜ知ってるの。わたしは怒るとまさにそうなることを。
さらに
あなたは負けない。
もう、あなたは怯まない。
これほど励ましてくれる言葉がほかにあるだろうか。
指はうまく動かなかったけれど、まだほんのり温かいコーヒーカップを自分の脇に置いて、あなたは書きはじめる。
書くことは呼吸すること、といつも言っているわたしにとって、これ以上元気の出るストーリー、 エッセイを読んだことはない。
わたしは書く。まずこのnoteを。今年の目標はそれにしよう。