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家で聴くための音楽、その8:Miki N'Doye『Tuki』

素朴で開放感のあるカリンバの音色

 家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。

 第8回はMiki N'Doyeの『Tuki』(2006)。

 仕事でも、散歩でも、買い物でも、外に出ると、さまざまな音が鳴っていることに気づく。それらの音は、騒がしくもあるけれど、いざ聞こえなくなると、つまり、家にこもっているときなどには、懐かしく思い出すこともあるだろう。

 勝手な話だけれど、当たり前にあったものが、なくなってみると、恋しくなるときもあったりするのだ。

 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」というように、静寂の中で、自然音が風景と一体化するような美が、自然の中にはある。それは大げさな例にしても、やはり、外に出られないと、さまざまな環境音、人の話し声、交通機関の立てる音さえも、自分の毎日を成立させる要素ではなかったのかと思いもする。

 しかし、自宅では、それらを求めるわけにはいかない。虫の鳴き声や、風の吹く音を、スピーカーから鳴らしてみても、どうにも決まらない。それでは、静かな空間の中で、時計の針が高い位置を指すようなときに、流しておきたい音楽を選んでみようか。

 『Tuki』は、ノルウェーで活躍するガンビア出身のパーカッショニスト、Miki N'Doyeのソロアルバム。ECMレーベルからリリースされたものだ。

 ECMレーベルといえば「静寂の次に最も美しい音(most beautiful sound next to silence)」を掲げているわけで、ここから生まれたジャズの名盤は数え切れない。それを一つ一つ取り上げていくだけでも、この連載は十分成立してしまうだろう。

 ジャズだけではない。ECMには、現代音楽や、民族音楽に近いサウンドも多い。

 その手の作品には、このレーベル特有の、硬質な空気感を持つものが多いのは事実だろう。緊張感のある、澄んだ音質と、リリカルで統一感のあるジャケット・デザインも、その印象付けに、一役買っている。

 では、『Tuki』はどういうアルバムだろう?

 カリンバやトーキング・ドラムなどの音色を反復させ、つぶやくようなボーカル、遠くから聴こえるトランペット、キーボードなどが穏やかに重なっていく。とくに、耳に残るメロディーがあるわけではない。

 この説明だけでは、ずいぶんとアバンギャルドで、取り留めのない音に感じるかもしれない。しかし、カリンバの反復が生み出すやわらかいグルーヴや、楽器の音を重ねすぎないアレンジは、どこか開放的で、明るいムードを持っている。重い感じ、暗い雰囲気が、あまりないのだ。

 アフリカ音楽のエッセンスはあるといえど、単純に民族音楽そのものではない。北欧のミュージシャンが参加しているものの、彼らも鋭い音色で切り込んでくるのではなく、夜空にたなびくような、アンビエントな音で演出する。演奏者は、前に出すぎない。激しいインプロビゼーションではなく、水彩画のように、淡い音色で描き出す。

 大らかというか、不思議な暖かさを持っている。明るくて、素朴なミニマル・ミュージックともいえるか。凝った曲の展開はないけれど、強迫的な反復ではない。聴いていると、覚醒するというよりは、どこか眠気をさそわれる感覚もある。

 明るい日差しの中にあるような感覚ではないかもしれない。暗い色使いのジャケットのように。しかし、けっして冷たくもない。湿り気もあって暖かい、アフリカの月夜をイメージさせる……というと、いかにも紋切り型というか、偏見の入った表現だろうか。

 静寂の次に最も美しい音。静寂が耐えられなくなったとき、あるいは、静寂に近い環境がほしくなったとき。矛盾するような表現だけれど、このアルバムは、どちらのシチュエーションでも、違和感なくはまってくれると思う。

 ちなみに、タイトルの『Tuki』はウォロフ語で「旅」「旅人」を意味している。家にいながら、世界のあちらこちらの空気を想像してみたくなるような、今の状況にふさわしくはないだろうか? すこし、こじつけがすぎるでしょうか。


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