家で聴くための音楽、その9:Eisa Davis『Something Else』
大げさではないけれど、芯のある美しい音楽
家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。
第9回はEisa Davisの『Something Else』(2007)。
音楽の話をすると、おすすめはなんですか、というようなことを聴かれるときがある。なかなかむずかしい。どういう音楽が好きですか、こういうものが最近よかったですね、と探りを入れて、なんとか考えてみる。
そこで、「いや、普通にいいものを……」みたいなことを言われると、もっと迷ってしまう。
普通とはなんだろう。
まず、普通の定義から始めないといけない。でも、基準は人それぞれで、キリのない問題になってしまう。そこで、「一聴すると、変わった要素はない、シンプルなものだけれど、メロディーとアレンジが、過不足なくしっかりしているもの」という想定にしてみる。とても乱暴な設定だとは、承知な上で。
そこで、今回紹介する『Something Else』が候補に挙がる。
Eisa Davisをご存知だろうか? カルフォルニア州のバークレー生まれで、2007年にはピューリッツァー賞にノミネートされたほどのキャリアを持つ劇作家であり、女優でもある。
そんな彼女のアルバムとなれば、シアトリカルな、スタンダード・ナンバーなどをカバーした、わかりやすいものを想像するかもしれない。ところが、そうではない。ピアノを中心にした、シンガー・ソングライター然といった感じの楽曲が並ぶ。
まず、メロディーがよい。染みる、というと、大雑把なのだけれど、こみ上げるようなフレーズを作るのが巧みだ。
本人のボーカルは、ソウルフルに歌い上げるわけではないのに、凛とした力強さを感じさせる。たとえばJoni Mitchellに近いかもしれない。
アレンジもうまい。華美ではないけれど、気がきいている。たとえば「Come On」では、まさに“Come On”というフレーズにあわせてシンバルがスッと入ってくる。
説明すると「そのままじゃないか」と思うかもしれないけれど、これを、わざとらしくなく聴かせるのは、簡単ではない。くせのないメロディー、心のある歌声の力で成立させるのは、並々ならぬ実力を感じる。
タイトル曲「Something Else」にしても、そうだ。
ピアノの反復するようなフレーズに乗せて歌声を聴かせつつ、サビで「I am Something Else」と歌う、まさにその瞬間、アコースティック・ギターのストロークが乗ってくる。文章にすると、あまりにもそのままなのだけれど、これが劇的ですらある。
ものすごく派手なアレンジではない。説明するだけでは、よくある感じではないか、と受け止められそうだ。そうではなくて、聴かせどころを心得ているというか。「聴けばわかる」と言ってしまうと、こんなに文章を書く必要もないので、はばかられるのだけれども。
「普通にいい」と評したら、誤解を招くだろうか?
「None of My Business」のオールドタイミーなフレーズ。「Perfect」の揺れるエレクトリック・ピアノの音色。ブラック・ミュージックの要素を入れるにしても、これ見よがしにはしない。こういう品のよさも、人にすすめたくなる要素。
あくまで理知的に、それでいて私的な世界観を保とうとしている。つつましいが、力強くもある。ジャケットのピアノの前に座る女性のイラストがすべて。大げさではないけれど、芯のある美しい音楽が綴られている。
普通であることの強さ。そして、普通ではない何かを持っていることの魅力。その両方を感じさせるアルバム。
むずかしく考えなくても、家でそっと耳を傾ける女性SSWとして、とてもよくできているし、おすすめできるものだ。どちらかといえば、聴き流すのではなくて、ゆっくり、向き合うような聴き方に向いている内容だと思います。