家で聴くための音楽、その5:Hank Mobley『Soul Station』
気持ちよく、くつろいで聴けるジャズ
家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。
第5回はHank Mobleyの『Soul Station』(1960)。
大学時代、ジャズを聴くならBlue Noteの名盤をさらうべし、と先輩に教わり、手当り次第に聴いていたときに、選んだ1枚。一聴して、すぐ好きになった。
Hank Mobleyの代表作といってもよいと思う(世間的な評価も、そうだろうし)。ワンホーンなので、おおらかでゆったりとしたテナーの音色が、じっくり味わえる。ハードすぎず、リラクゼーション感がある雰囲気も、こういう連載で取り上げるにふさわしい気がする。
ピアノはWynton Kelly、ベースはPaul Chambers、ドラムはArt Blakey。最強の布陣。
Hank Mobleyは、まろやかというか、鋭すぎず、キツくない音のテナーなので、ガリッとしたジャズを聴きたいときに、ちょっと穏やかに感じることがある(そういう意味で、輝かしく吹きまくるLee Morganと組んでいたときの相性はよかったはずだ)。
これが、地味と呼ばれる理由かもしれない。しかし、どちらかというと、前に無理に出ようとせずに、全体のアンサンブルの中で手堅く吹いていくタイプなのだと思う。自分の武器は暖かい音色と、落ち着いたフレーズにあることを、彼は知っていた。
そうそう、Hank Mobleyの自作曲は、思わぬ半音進行が出てきたりする。自分の持ち味を殺さずにアクセントを付ける術として、あえてそうしていたのではないかしら(本盤でいうと、「Remember」の旋律などをよく聴いてみてほしい)。
そういう意味で、グイグイとバックで煽り、ソロも雄弁なWynton Kellyと、要所要所で滝の音のように「ザァーッ」というスネア連打を入れるArt Blakeyが後ろにいるのは大正解。キメを作りすぎないテナーには、ファンキー、ブルージーな色を持ちつつ、積極的なリズム隊がハマる。ウォーキングベースだけでメロディアスな心地よさを作れてしまうPaul Chambersもいる。
あとは、その上で、Hank Mobleyがゆったりとブロウするだけ。バックがキリッと締めてくれるから、伸び伸びとプレイしている。それだけで、十二分に気持ちよい。
そう、気持ちよいのだ、このジャズは。演奏陣も気持ちよさそうだし、オリジナルもスタンダードもクセのない曲を選んでいるから、とにかく、くつろいで聴ける。
リラックスしたい仕事の合間に聴くもよし、晩酌の相手にゆったりと聴くもよし。でも、やはり、コーヒーが似合いそうかな。大人の喫茶、という感じがします。
Hank Mobleyは、「テナーサックス奏者のミドル級チャンピオン」と称されたとか、Miles Davisのバンドに入ったときにいまいちフィットしなかったとか、そんなエピソードとあわせて、地味な印象を持たれることが多い。
しかしながら、こういう王道のジャズを吹かせると、どれだけ心地よいことか。やはり、己の持ち味を知っている人は、気のおけない仲間と共に舞台に上がると、強いのだ。
そういえば、自分がジャズをかじりたての頃に、年上のジャズ愛好家に、「モブレーはさ、悪くないんだけどさ、ほら、イモっぽいじゃない」と言われたことがある。若さゆえに遠慮がなかった自分は、「“イモ”って表現をまだ使っている人、初めて会いました!」と、思わず口にしてしまったのだけれど(バカにしているわけではなくて、どちらかといえば感動だった)、相手は、ちょっと眉をひそめて、黙りこくってしまった。
いま思えば、ずいぶん、失礼なことをした。
話がそれた。とにかく、すぐれていて、落ち着くジャズアルバムだ。ジャズの歴史を変えたとか、最初に買う10枚に絶対に入れるとか、そういう類のものではないかもしれないけれど、傑作。
いわゆるジャズの名盤として紹介されるアルバムは、けっこうアグレッシブというか、とがった内容のものも多い。もちろん、そういう音楽に、ガツンとぶつかるのも最高だし、「入門」に正しいルートがあるわけでもない。そのジャンルをよく知らないまま、名盤に手を出す楽しみも、また格別だ。
そうはいっても、『Soul Station』は、初心者でもとっつきやすく、上級者も納得する内容が詰まっていることは事実だと思う。要するに、入門する際のアルバムでもあるし、ジャズをある程度知った人でも折に触れて聴きたくなる1枚でもある。
そう考えると、ジャズに触れるための最初の作品としても、なかなか、よいのではないかしら。メンツ的にも、何の問題もないわけだし。ジャケットも最高だし。