家で聴くための音楽、その15:The Free Design『Cosmic Peekaboo』
洗練されたコーラス、ピースフルな雰囲気
家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。
第15回はThe Free Designの『Cosmic Peekaboo』(2001)。
ソフトロックと呼ばれているジャンルがある。1960年代半ばから1970年代前半にかけて生み出された、美しいメロディーやコーラス、流麗なアレンジを持つポピュラー音楽だ。
「ずいぶんと大雑把な定義だな」と思った人は、正しい。そもそも、この音楽自体、定義がむずかしい。ソフトロックという単語は日本発祥で、海外で「Sunshine Pop」「Soft Pop」などと呼ばれている。
1960年代の半ばといえば、イギリスからはThe Beatles(とGeorge Martin)、アメリカではPhil Spectorといった実験精神にあふれたスタジオワークの担い手が現れ、一方で、Burt Bacharachのような洗練されたコードワークの作曲家が活躍し始めていた。ブリティッシュ・インヴェイジョンもあった。ボサノヴァも世界中に広まりつつあった。
アメリカでは、多くの作曲家やプロデューサー、たとえばRoger Nichols、Curtis Boettcherなどが、同時代のジャズやボサノヴァの影響を受け、あるいは相互作用しながら、それまでのフォーク・ロックやサーフ・ロックなどを題材に、スタジオで独自のアレンジを詰み重ねていった。
その結果、現在において、ソフトロックとカテゴライズされる作品が生み出されていく。
ソフトロックとは、ロック畑の外にいる人たちのアプローチによって生まれたロック(的な)音楽である、と言えるかもしれない。以上の経緯を踏まえれば、いわゆるソフトロックの名盤に、The BeatlesとBurt Bacharachのカバーが収録されていることが多いのは、偶然ではないだろうし。
さて、The Free Designは、ニューヨーク出身のChris、Sandy、BruceのDedrik3兄妹からなるファミリーバンド(後に末妹のEllenも加入する)。小山田圭吾が90年代に立ち上げたレーベル、Trattoriaからアルバムを再発されたことで、日本でも知られるようになった。
彼らは、「渋谷系」の視点から再評価されたわけだ。渋谷系というワードで括られたミュージシャンたちは、ソフトロックからの影響を公言し、かつては二束三文で投げ売りされていたソフトロックのレコードは、突然、高度なセンスをもったおしゃれな音楽という扱いを受けるようになった。
ともかく、The Free Designは、そんなソフトロックの中にあって、緻密なサウンド作りで群を抜いていた。メンバーがしっかりとした音楽教育を受けているだけあり、凝りに凝ったコーラスワークと、練り込まれたサウンドアプローチは、他の追随を許さない。
とくにChris Dedrikはニューヨーク州立大学で音楽を専攻、マンハッタン音楽学校でトランペットを専攻したエリート。彼の手による自作曲がすぐれているのも、このグループの際立った個性。
もともと兄妹でフォーク・ソングを歌っていた経歴から、3人のコーラスワークを活かしつつ、高度な和声とジャズやボサノヴァの要素をさらりと溶け込ませた楽曲作りは、みごとなもの。
『Cosmic Peekaboo』は、ドイツのMarinaというレーベルが、Brain WilsonとBeech Boysのトリビュート・アルバムをリリースした際に、The Free Designが参加したことがきっかけになって、生まれたという。ほぼ30年ぶりの新譜だというから恐れ入ってしまう。
単なる同窓会的なアルバムではない。冒頭の「Peekaboo」を聴いただけで、全盛期のクオリティーはそのままに、年を経た落ち着きが加わっていること、彼らの持ち味である魔法のようなコーラスワークが健在であることがわかる。アレンジも、けっしてローバジェットな感じはない。
「Younger Son」では歌詞の中に”kites are fun”と自身の代表曲を自然に織り込む。「Springtime」ではリズムのシンコペーションとボーカルの細かいアレンジによって、繊細な音の織物が紡がれる。
とにかく、一つ一つ、よくできているとため息をつくほかない。前作から四半世紀以上経っているのに、サウンドに磨きがかかっている。
The Free Designのすばらしいところは、「洗練されている」ことだ。ソフトロックの中には、いたずらにプログレッシブなものも少なくはない。単純にコーラスが複雑であるとか、コード進行が単純でないとか、そのようなサウンドはたくさんある。
だけれども、彼らの場合、高い音楽性を持ちながら、きわめて親しみやすい、ピースフルな雰囲気を持っている。胸にしみるメロディーがいくつも現れる。こういう作品にこそ、洗練という言葉を使いたい。
それにしても、60〜70年代とほとんど変わらない姿(音)のままで、2001年に本作がリリースされたことには、驚くしかない。
緻密でやさしい、ささやかな奇跡のような音楽。なにかとせわしないのに、それでも気をつけないと外出しにくい、昨今のような時代に聴かれるのにふさわしい。窓から見える夕日も、きっと違って見えてくるはず。