家で聴くための音楽、その14:Wunder『Wunder』
夢見るようにノスタルジック
家にいることが増えてきた人に、家で聴くとよい感じではないかしら、と感じる音楽を紹介していく連載。
第14回はWunderの『Wunder』(1998)。
ここ1ヵ月ぐらい、在宅での業務が当たり前になってきた人も多いかと思う。仕事中の息抜きを、かなり意識的にやらないと、のっぺりと仕事を続けることになってしまいやすいのではないか。
外になかなか出られないので、寄り道や、無駄なことをする時間なども、ずいぶん減ってしまったかもしれない。
ある日、仕事が忙しくてつらくなり、つい、仕事を投げ出して散歩に出たことがあった。しかし、悪いことはできないもの、突然の通り雨に降られる羽目に。しかたなく喫茶店に避難し、クリームソーダを注文した。
マスクを外して、店員やほかの客と距離を取って飲料を味わう。うっすらとしたポスト・アポカリプス感と、それでも誠実に生きる人々。奇妙な近未来感と反比例する、懐かしいクリームソーダの甘さ。
ちょっとした閉塞感のある日々の中で、肩の力を抜いて過ごしたい音楽として、『Wunder』を選んでみる。不思議なノスタルジーにあふれた1枚だ。
Jörg FollertがWunder名義としてリリースしたアルバムは本作のみ。ドイツのKaraoke Kalkから1998年にリリースされ、当レーベルがエレクトロニカの名門となったきっかけともいえる。
アナログな質感の音をサンプリングしたり、生楽器を取り入れたりした牧歌的なエレクトロニカ、いわゆるフォークトロニカ。たとえばMille Plateauxのような電子音を追求するサウンドとは対極のムーブメント。それが生まれる鏑矢になった1枚。
たとえばFour Tetの『Puase』が2001年、múmの「Yesterday Was Dramatic – Today Is OK」が2000年と考えると、1998年の本作はかなり“早い”時期の作品であることはわかるだろう。
本人は「大量のサンプリングで、簡単にできてしまった」と語っており、(もしかすると、その反省からか)その後はWechsel Garland名義などで、より凝ったサウンドプロダクションを披露していく。作者の考えはどうあれ、そういった意味でも、このアルバムの唯一性は高い。
1曲目から、Billie Holidayを大胆に引用した「Look Out For Yourself」。ゆったりはずむようなビートと、漂うようなストリングスの、絶妙な力の抜け具合。続いて、「Brazil」をカバーするというセンスのみずみずしさ。
シンプルなドラムマシーンと、ギター、エレピ、ストリングスの簡素なフレーズ。古いレコードから流れてきそうな数々のサンプリング。確かに、凝りに凝りまくったエディットや、緻密な組み合わせなどは、ここにはない。しかし、この甘ずっぱい音空間はなんなのだろう。
どこかモコッとした、すこし抜けの悪い音作りにも、大いに注目すべきかもしれあい。ローファイさ、というか。これと似たようなサウンドの作品はいくらでもあるように思えて、わりと分離がよかったり、音がツルッとした仕上がりになっていたりする。
このオールドタイミーな雰囲気をもった作品が、本作以前にはありそうでなかったし、そのあとも、意外なほど出てこなかった。
フォークトロニカというジャンルの、初期の傑作であるばかりか、いまなおユニークな存在。
こんな夢見るようなサウンドが、ポンと出てきたのは、ちょっとした奇跡なのだと思う。どうにも仕事がはかどらない昼下がりあたりに、そっと流してみてほしい。
「懐かしい」という感情を揺らすエレメントが、こんなに詰まったアルバムも、そうあるものではないのだから。