【百貨店物語2】~私についたあだ名~

・天武正憲様
コメントありがとうございます。百貨店物語は今後もたくさん書いていきたいので、楽しんで頂けますと幸いです。


【前回までのあらすじ】
就職超氷河期ゆえに、就活に失敗し続けていた20代前半の私。新聞広告で見つけた某百貨店の求人広告に応募し、契約社員として採用された――


私は就職するまで、幾つかのアルバイトはしていましたが、週に5日、フルタイムで働いたことはありませんでした。その為、百貨店での勤務が決まった時は、本格的な就職になるのだから今まで以上に真面目にキチンと働こうという気持ちが強かったです。

お客様や先輩達に失礼の無いような敬語も、研修で教わりました。
ただ、さすがに20代前半で、

「よろしゅうございますか?」

なんて言うのは違和感と恥ずかしさで一杯になり、「よろしいですか?」と言っていましたが…。

私が配属されたのは「紳士靴・旅行用品売場」でした。
紳士靴の売り場と旅行用品売り場は売り場が隣同士で、従業員は1つのチームでした。どちらかの売り場が忙しければ応援に行きますし、お昼休憩や、その後の短い休憩も一緒でした。

「靴は専門的な知識が必要だから、まずは旅行用品売り場を担当してね」

そう上司に言われて、私は旅行用品売り場に立つことになりました。

紳士靴・旅行用品売り場には怖い先輩もいましたが、殆どは優しい人や、ユニークな人ばかりでした。
ある日、私は靴売り場の先輩達と休憩になりました。その中に『山川婦人』と呼ばれる20代後半の先輩が居ました(山川さんは仮名です)。
ショートカットの似合うサバサバした姉御肌の先輩で、上司やメーカーさんからの信頼もある人で、私は可愛がって貰いました。

山川婦人はおもむろに餅菓子の包みを広げて、

「これ、頂き物なんだけど皆で食べようと思って」

と、周りの人に配り始めました。私も頂いて、皆で食べ始めました。

「あら、美味しいわね。」
「あんこがアッサリしてる!」

そんな周りの感想を聞きながら、私も美味しく食べていたのですが、気を遣ってくれたのか、山川婦人が私に話を振ってきました。

「原さん(私の仮名)、どう?」

いきなり話を振られた私は、

(何か気の効いた感想を言わなくては!)

と思い、半ば焦って言った言葉が、


「……自然な甘さですね」


でした。すると、

「あはははははは!!」

山川婦人はツボに入ったらしく、大笑い!

「何その感想は!岸朝子か!20代とは思えないよ!」

と言いました。周りの人も笑っていました。

岸朝子さん。今の若い人は分からないですよね。
この当時は「料理の鉄人」というテレビ番組が流行っていました。その中に審査員として出ていたのが岸朝子さんでした。
当時で恐らく60代くらいだったでしょうか。食通でとても品のあるマダムで、「美味しゅうございます」というのが口癖のような方でした。

山川婦人は、私の「自然な甘さですね」というコメントが相当気に入ったようで、休憩が終わっても、売り場の人に話して大ウケでした。
山川婦人が笑うと周りの人も楽しくなって明るくなるので、私も何とも思いませんでしたが、その日から山川婦人が私を呼ぶ時は

「朝子!」

になりました。

「よろしゅうございますか」と言えなかった私が、まさか「美味しゅうございます」と言う方の名前を頂戴することになるとは……

(次回へ続く)

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