地の時代と風の時代の子育て
息子は幼稚園からの帰り道
いつもタンポポを摘んで私にくれる。
「お花に、”摘んでもいいですか?”
って先に聞いてあげて。
いいよって言ったら摘んでいいよ」
そう言うと息子は、大きな声で
「摘んでもいいですか?」と聞き
聞こえないと言って
その答えを私に聞く。
「なんて言ってると思う?」
私もまた聞き返す。
植物の声も石の声も
かならず聞こえるようになる。
だから練習しようね。
こんなことを教える私は
変なのかもしれない。
でも、パパちゃんではなく
私だから教えられることだとも思ってる。
小さい頃から
机にも箱にもティッシュにもスピリットがあって
それぞれが意思を持っていると信じてた。
だから間違って強くぶつかった時には
机にも「ごめんね」と謝る。
息子も同じようにする必要はないけれど
物や植物だから意識がないとは思って欲しくなくて
私が伝えたいことを伝えてる。
話はちょっと変わるけど
昨日、同じ幼稚園の子のママさんから
息子が昨日、彼女のお子さん(息子より2歳下)と遊んでいて
興奮してアクシデント的に首を絞めてしまったと言われた。
息子はハグが大好きで
特に小さい子には、身長差からか
首に腕をまわすようにして
強くハグしてしまう。
そう話すと
いや、あれはchokingだったと
ピシッとした視線で静止された。
彼女の子供は大丈夫だし
わざとやったのではないこともわかってるけど
親として知っておくべきだと思ったから伝えた
と真顔で言われた。
それをおそらく側で聞いていたのだろう
普段、仲のいい友達のお父さんまで
何となくその日は接し方が違って
距離を置いてるように感じた。
何なんだ、この空気。
一方的に信じ難いことを聞かされて
弁解もさせてもらえなくて
あっという間に
”凶暴な息子がいるパラレル”へと
移動しちゃった。
親の欲目かもしれないけど
息子は明るくフレンドリーで
誰ともすぐ打ち解けるし
小さい子の手を率先して引いて歩く
子供からも大人からも好かれる子だ。
お友達と何かを取り合って押したりとか
興奮して物を投げたりとかはあるけど
間違っても人をわざと傷つける子じゃない。
私は、息子サイドの話も
聞きたいと思っていた。
でも、その日はもう波動が
おかしくセットされてしまってるみたいで
全てが気持ち悪い方向へまわっていた。
まるで、何かのボタンが誤作動して押されたみたいに。
幼稚園の子供たちはいつも
クラスが終わると隣接する公園に行って
30分ほど一緒に遊んでから帰るんだけど
その日ばかりは私は
息子の一挙手一投足を常に監視。
また間違ったことにならないように
ずっと目を光らせていた。
本当はこんなことしたくない。
でも今日だけは
この場はそうしないといけないような気がした。
そのストレスと場の緊張で限界に達したんだろう
息子が突然
木の棒をジャングルジムに向かって投げつけた。
そして、悲鳴をあげるような大声で泣き
私からさえ逃げ回った。
もうこの日は私も息子も疲れ果てていて
この後すぐ家に帰った。
以前、少しだけ学んだアドラー子育てでは
「人は注目した行動を増やす」のだと言う。
息子の乱暴とされた行動ばかりに注目し
それを指摘して叱っても
好ましくない行動ばかりが増えていくだけ。
だからそこは指摘せず
いいところに注目して褒める。
触れ方・表現の仕方を変えて欲しいなら
「マミーはハグするときは
お腹に手を回したほうがいいと思うな」
みたいに、私を主語にして
子供にして欲しいことを伝える。
でも昨日はそんなゆとりもなく
「とにかく手は出すな。
強い人は、力があるからこそ一番優しいんだ」
と叱ることしかできなかった。
エネルギーが重い。
何をやっても、気持ちは晴れない。
誰に話しても、精油を使っても
美味しいものを食べても
ずーっと心が重かった。
翌朝も気持ちは重いまま。
私の方が行きたくない気持ちで
いっぱいだったけど
ふと思い立って
ジェントルベイビーというブレンド精油を
出かける前、息子の胸とお腹に
マッサージしてみた。
ジェントルベイビーは
息子が赤ちゃんの頃から大好きな精油だ。
愛してるよ
みんなと穏やかに気持ちよく
今日1日を過ごせますように
息子はとろ〜んとして
「もっとやって」と言った。
幼稚園に行くと
例のお母さんは、昨日とは打って変わって
優しく誠意のこもった視線を
投げかけてくれたように感じた。
仲のいい友達のお父さんもいつも通り。
やっと、元いたパラレルに
戻ってきたように感じた。
なぜだか涙が出てきた。
その時初めて私は
状況をどうするとか以前に
本当はとてもとてもとてもショックで
悲しかったんだということに気づいた。
24時間経ってようやく
感情が出てきてくれた。
苦しくても頑張った
昨日の自分を抱きしめるみたいに
息子を見ながら公園で泣いた。
緩むと
宇宙のヘルプはやってくる。
帰宅後、お菓子を取ろうとした息子が
後ろにあったベンチに強くお尻を打ちつけ
相当痛かったらしく
泣いて怒りながらベンチを叩いていた。
”チャンス”
と言う宇宙の声が頭の中で響いた。
すぐさま息子を呼び
お尻をさすってあげながらこう言った。
「ねえ、あのベンチにも
タンポポと同じように気持ちがあるんだよ。
叩かれただけじゃ、どうしてなのか
ベンチはわからないよ。
手じゃなくて、口で伝えてごらん。
何が気に入らなくて、何で痛かったのか
ベンチに伝えてごらん」
息子は涙を流しながら
ベンチまで歩いて行き
「 You are 100 bad!!! 」と叫んだ。
そして、言いながら
息子は大笑いし始めた。
私も加勢してベンチに言った。
「そうよアンタ、なんでそんなとこにいるのよ。
おかげで息子はお尻がめちゃくちゃ痛かったんだからね!
You are 100 bad!!」
息子はさらに笑い転げた。
その数時間後
今度は戸棚に腕をぶつけた息子は
「そこにいるからぶつかったじゃないか」
と冷静に戸棚に言い
叩くことはしなかった。
手を出す代わりに
言葉で伝えていた。
すごく嬉しかった。
(何でも相手のせいにするのは
どうかとは思うけど・・w)
昨日は、悩み抜いて
どうすべきかばかり考えて
どんどんエネルギーが重くなっていった。
でも、それが昨日の私の精一杯で
できる限りのベストだったんだから仕方ない。
それもいい、よく頑張った。
でも今日は違う次元を体験させてもらった。
解決策は、感情を抱きしめ受け入れた時
緩んだ時に自然と降ってくるんだってことを
体感で学んた。
昨日と今日で
まるで地の時代から風の時代に
切り替わったかのように
2つの解決方法の違いを
両方味あわせてもらったみたいだった。
”さあ、どっちを選ぶ?”
と問われてる。
重いのも悲しいのも
地球っぽくて悪くはない。
でも緩む方も
展開が軽やかで面白い。
どちらもあり。
どちらもよし。
なら、より好きな方を選べばいい。
自由に選び取らせてくれる
宇宙の愛は絶対だ。
長いのを読んでくれてありがとう。