「Tsukito」
Fast Novel🔖
2022.10.02/15:33-16:30
Tsukito
(SF、836文字、目安2分)
「Moor 21」
少女は鏡に微笑みかけて、前髪のカーブを正した。それから床にゴミが落ちていないのを確認して携帯に向き直る。トークルームにはまだ誰も入ってきていない。
幼馴染からの最近何かいいことあった?から夕食に作ったという野菜スープの写真を指で辿りながら、アイツは今頃小惑星Tsukitoで石油に代わる新しい燃料の採掘業務に没頭しているところだろうと想像を膨らませる。お手隙の時間だといいのだけど、と少女は文字を打ち込む。
「バイト先の人からもらったTsukitoのキーホルダー。この前中秋の名月だったから月見団子の代わりに買ってきてくれたらしい(笑)」
指と顔の写り込みに気を付けながら、未開封のキーホルダーの写真を撮る。
赤い眼の白兎。ふわふわの巻毛に長い耳、長い髭を生やしていて尻尾は4つに割れている。右手に赤い木の実。2020年代に流行したアニメのキャラクターで、名前の由来は満月の夜に雲に乗って天上界から兎の使者が送られてくるというつきと(月都あるいは月兎)伝説なのだとか。
「ぐうぜん同じ名前だったから」
Tsukitoの好物は林檎。百薬の長であるその果実から様々な種類の薬を生成し、どんな病気も治せてしまう特殊能力を持っている。四尾なのは生まれた時に他のウサギよりも少々鈍臭く、大人に気付かれず踏みつけられたからだという。
「なんか私に似てたんだと、w。知らんけど」
さて、と呟き少女は立ち上がって窓辺に近寄る。そこには微かな月光の下、長々と横たわる銀色の残骸が。少女は恐る恐る未確認生命体に触れる時のようにそっと表面を撫でた。自分で自分の誕生日を祝うために買った電子ピアノ。
突如、映画「犬の世界」の挿入曲が鍵盤から溢れ出した。遠い昔アフリカ大陸で飛行機を見た原住民たちが神と誤って飛行機を拝めたというシーンのバックミュージック。少女にはその音色がとてもキラキラしていて、まるで幼馴染が採掘している未知の燃料のように思えた。
彼女は青いサングラスを外した。
その時、夜風に押され静かに閉じた机上の本のタイトルは「真夏の夜の夢」。
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