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月と金星
中学生の頃、学校帰りに金星食を見た。金星は月の陰にシュッと吸い込まれるように消えた。中学生のわたしは新月や満月の周期のことはまるで知らなかったけど、新月の夜に雪が降るとかなり積もることだけよく知っていた。
わたしはそれを見たと記憶しているのだけれど、定かではない。もしかしたらその頃大好きだった人が見たという話を聞いたのを自分の体験のように記憶しているのかもしれない。
一緒に金星食を見たはずのその女友達にわたしはすごく憧れていた。万年筆を上手に使ってイラスト入りの手紙をよくくれた。インクを変える時期にペンの色が混ざってえも言われぬ色合いになるのだと教えてくれた。金星が隠れる頃にくれた手紙には、ソウルメイトのことが書いてあった。
人は自分のもう片方のかけらを一生を使って探し続ける。
そのころのわたしにとって彼女がまぎれもなくソウルメイトだった。
やがてわたしは彼女と違う学校へ進み、彼女には彼氏ができてわたし達は始終一緒にいる存在ではなくなった。それでもわたしの憧れる気持ちはかすかなものだったが変わらなかった。それは多分、今も。
一度彼女がうちに遊びにきたときに、畳の上でゴロゴロ転がりながらじゃれあった。彼女がわたしをくすぐってわたしが逃げた。彼女の冷たい手がわたしの喉に触れたときにドキっとしたのを覚えている。
結婚して子どもができ、いよいよ故郷とは距離ができてしまった頃、帰省すると彼女はセブンイレブンでアルバイトをしていた。レジではあまり顔もあげずに淡々と商品を袋に詰めて、こちらの目も見ずに渡した。
次の金星食は2063年5月31日なのだそうだ。2000年に26歳で産んだ第三子が63歳になるからわたしは89歳だ。
そのときわたしは生きて自分の目で金星食をみるだろうか。隣にいるのは誰だろうか。金星食のことをみんなは話題にするんだろうか。世の中はどんな風に変わっているだろう。中学生の頃からここまでで、わたしにとって優しくかわってきた世界はきっと、さらにもっともっと優しくなってゆくんじゃないかな。きっとそうだと思う。きっと。
ほんのかすかな一点であるわたしの生は、十分に優しさを発揮できているのかな。優しさを発揮できるほどに、自分を豊かに愛することができているかな。
きっとまた間違う。きっとまたつまづく。でも昨日よりも今日、今日よりも明日、またほんの少しでもいいから優しくなれて、いますように。ここまで生きてきてくれた自分に。そして一緒にいてくれる誰かに。
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