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あんたにおくるけん持っておいてよ
いつからだろうか。
わたしは涙もろくなった。映画をみたり小説を読んだりするとすぐ泣くようになった。
人の話を聞いて共感しすぎて涙をにじませることもおおくなった。
時を同じくして、年末になると中島みゆきがヘビーローテ―ションされるようになった。
イヤホンで聴いていることが多いのだが、音楽を流していなくても、脳を走る彼女の言葉がある。
タクシードライバー、ファイト!、二隻の船、ホームにて、悪女、永遠の嘘をついてくれ、泣かないでアマテラス、糸、EAST ASIA、紅灯の海、ヘッドライト、テールライト、地上の星などなど。
言葉の力が強い。
ときにそれはナイフのようだし、闇夜に荒れ狂う海上をさまよい必死に前をむいて漕ぐ人間の叫びのようでもある。
★★★
さきほどスタバにいたところ、いつも笑顔でそつなくこなしている店舗におけるリーダー的な女性スタッフが中高年の男性に恫喝されていた。
ギフトカード関連のミスにイラつく中小企業の経営者or小規模所帯の士業風体の中高年は、自分の思い通りにならなかったのか、他の客にも聞こえるように女性スタッフを「お前」呼ばわりし怒鳴る。
それに対して、彼女は口をとじてがんばって平静を装いつつ代替案を提案する。
が、
中高年はよくあるパターンなのだけど、この瞬間彼は自分が世界の中心、不幸の中心にあると錯覚をおこし、その状態を冷静に改善するのではなく怒りにまかせて暴言をはく。
偉くなったり歳かさが増すほど己が肥大化し、自分を否定するものがすくなくなるということもあり、他者に怪物のようにあたる人間がいる。まさにモンスター中高年である。
今回はおっさんだが、プチ金持ち程度のババアにおいてもよくある。
そんな中高年は嘲りつつ怒り、女性スタッフは必死に己を律し、物事をすすめようとする。
それをみていて、他者への感情に異常にシンクロしてしまうわたしは、涙がにじんできてしまった。
詳細はわからないがスタッフの対応に非があったのかもしれない。
ただ、言い方というものがあるし、攻撃的な物言いは店の他の客にも迷惑でもある。
★★★
サラリーマンを卒業するときに、或る老大家が飲食店で店のスタッフがいるのにも関わらずわたしを「お前」呼ばわりし恫喝してきたことを思い出した。
酔っぱらうと理性が飛んでしまい見境なく人を否定する癖がある彼は過去にも、会食で引き合わせたわたしの知人に対して、「お前は何歳だ。俺は○○歳だぞ。10歳も俺が年上だ」とアレコレ恫喝したりしたものだが、そのときも友人や、名前の出た業界の経営者のほぼすべてにケチをつけて、わたしが長くお世話になった経営者とその結婚相手までをネチネチと否定しはじめた。
ああ似ている。厭だな。
彼らにとってはいつも自分が正義なのだ。
主従関係や上司や部下でもないのにパワーハラスメントを働こうとしてくる。
なぜ、わたしはこの中高年に対峙しているのだろうとおもいながら、
「お前と呼ぶのはやめてください」と、言い続けた。
嗚呼、とても滅入る奴らだ。
謙虚なふりをしているが、それは自己が肥大化しているからなのだ。
まわりには努めていい顔をする。
いい人だ、あの人は立派な人だと思われるように営業努力を欠かさない。
だから事情をしらない人は錯覚をおこして彼のような埃のかかった中高年を聖人のような扱いをしてしまう。
★★★
話を戻す。
すべての注文をキャンセルした中高年は足早にレジを去り、対応をしていた女性スタッフはしばらく何かをこらえるような表情をうかべ、それでいてまわりのスタッフに配慮してがんばって動いていた。
立派だ。大人だ。
大人という言葉あるが、この言葉は年齢とは比例するものではないと思う。
小学生でも大人がいれば、
50を過ぎても、自分がいまだ世界の真ん中にいるかのような物言いをする人間もいる。
ハダカの王様だと彼らは気づかないのだ。
★★★
女性スタッフにわたしが何をできたかわからないが、わたしは彼女にむけて努めて笑顔をうかべ、脳内にながれる中島みゆきの『ファイト!』を彼女におくることにした。
あんたにおくるけん持っておいてよ
それは東京行きのチケットではなく、ただのおっさんの思いやりというか、まあ『念』みたいなものだが、レジまでの距離4メートルの中空を超えて、これからを生きる彼女の強さのタシでもなればいいなと勝手に想う。
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